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一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

2010年1月28日


朝7時半、周囲が雪で覆われたバスターミナルに着いた。


ここ、どこ?


と思っていると、急に目の前に現れたあんちゃんがこう言った。


「ギョレメ?チェンジバス!カムヒア!」



ギョレメとは、あの奇岩で有名なカッパドキアのエリアのことだ。


僕はまさにそこに向かっているバスに乗っているのだ。



しかし、彼の話によると、ここでバスを乗り換えないといけないらしい。


なんかトラブルでもあったのかな・・・。


彼について行き、連れて行かれたのは、バスターミナル内の旅行会社らしきところ・・・。



「ここに居て、待っているといい。もちろん、ここにいるのはフリーだ」


当たり前だろ。自分で連れて来て、ただ居るだけの人間から


お金を取るやつがあるか。



それにしても、今回のギョレメ行き、


バスを乗り換えるなんて聞いていないし、なんかヘンだ。


バスターミナル内を歩き回り、自分なりに情報を集めて考えてみると、


どうやらここでバスを降りる必要は無いようだ・・・。



係員をつかまえ、ギョレメに行きたい旨を伝えると、彼は外を指さしてこう言った。


「ギョレメなら、あそこに停まっているバスに乗れ。8時発だ。」


腕時計を見ると、8時は間もなくだ。



で、係員が指差した方向を見ると。


エッ、あのバスって・・・


今さっき、ここまで乗ってきたバスじゃん!!



あのアンちゃんは何だったんだ!ただの客引きか!!


キョロキョロしたが奴はいない。


煙のように消え失せおった。


夜行バスで寝起きだったから油断した・・・



しかし、あんな奴に構ってはいられない。


あのバスが行ってしまったら、イスタンブールでの手配が台無しだ。


すぐさま懐かしの我がバスに戻り、見知らぬバスターミナルでの


小さな冒険は幕を閉じた。





その後バスは本物のギョレメに到着。


窓から見えるのは紛れもない奇岩。


これ以上ないほど目を大きく開け、バスの窓に張り付いているうちに、


このエリアでの宿、奇岩をくり抜いた「洞窟ホテル」の前にバスが停まった。


つづく。


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2010年1月24日

いよいよパムッカレの目玉、あの有名な白い石灰棚のエリアに来た。ここは昔から綿花の生産地と知られ、このパムッカレという地名も「綿の宮殿」という意味らしい。

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白く縁取られた露天風呂のような場所に、水色の水や温水が湛えられており、その景観は非常に美しかった。

たまたまだとしても、この石灰で作られた場所は観ているぶんにはフワフワした綿花で造られた宮殿のようで、「綿の宮殿」という意味がぴったりくる。

しかもこの宮殿は観るだけではなく、なんと水の中を歩いてここから下まで降りていくことができると言う。

「僕は先に下へ行って待ってるから、靴を手に持ってゆっくり降りてくるといいよ」とガイドのセファーが言う。

それは面白そうだ。ぜひやってみよう。
…しかし、またズッコケるリスクもある。
ヴェネツィアの二の舞はしたくない。
今回また転んだりしたら、靴はおろか、リュックに入っているカメラ、財布、電子辞書などそうそうたるメンツがオシャカになってしまう。

降りている途中、全神経を足元に集中したのは言うまでもない。

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上:こちらの写真は、石灰で年々埋まっていっている建物。白いのは雪じゃないんです!



無事、下まで降りた後は、セファーが毎週泳ぎに行っているという室内温水プールへ。


プールはそれなりの温度だったが、温泉に慣れている日本人の僕と異なり、他のお客(白人さんとか)はお湯がアツイアツイと大騒ぎしていたのが面白かった。


しかしそんな彼らを尻目に、セファーは手の上に頭を乗せ、水の上にプカプカと浮いていた。
僕も彼に教わりやってみたが、どうも上手くいかない。クソー。


施設内にはサウナもあり、そこではセファーはいろんな人に声を掛けまくり(もちろん初対面)、
おしゃべりに興じ、笑いをも生んでいた。
トルコ語と英語だけではなく、日本語少々やアラビア語など、どうやらいくつもの言語を話せるようだ。


彼いわく、
「トルコ語と日本語、ハンガリー語、フィンランド語は似ているんだ。中国語とフランス語はお手上げだけどね」とのこと。

しかしこの人、なんでも出来るんじゃないのか。すごいな。



晩飯は、こちらの「魚が食べたい。しかも地元の人が行く店で」というオーダーを聞き入れ、小さな家族経営の店に連れて行ってくれた。


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魚のカタチをした皿に盛られた魚料理はとても美味しく、店の雰囲気も家庭的で非常によかった。


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ここでもセファーは店内の人ほぼ全員と会話をし(!)、特にその店の主の娘10歳のナルギスちゃんには「ほら、日本からわざわざ来てくれたお客さんだぞ。きみもこっちに来て少し一緒に話そう?」と彼女を席まで呼んでくれたりもした。


食事が終われば今日のパムッカレでのプログラムは全て終了だ。

露店のザクロジュースを一緒に飲んで、カッパドキア行きのバス乗り場まで送ってもらった。


彼は、ガイドにありがちな押し付けがましい土産の購入や、チップの要求を一回もしてこなかった。

いやむしろ、僕はただのガイドという存在を越え、人間的な親しみや尊敬すら感じた。
カッパドキア行きの高速バスに乗る最後の最後まで、面倒を見てくれた。


感謝の意を込めて、握手の際にそっと幾らかのお札を手渡すと、意外そうな顔をしたあと、笑ってサンキューとお礼を言ってくれた。
パムッカレに行かれる方には、ぜひ紹介したいガイドだ。


カッパドキア行きのバスでは、エフェソスでのツアー時に一緒だったオーストラリア人の父子と偶然再会した。


彼らと少し話していると、僕らの近くで大騒ぎしている白人女性の声がやけに耳についた。
酒にでも酔っているのか?

かなりうるさいぞ。


そしたら、オーストラリア人のお父さんのほうがいったん僕との会話を中断し、「あの騒いでいる子らは、多分、アメリカ人だよ」と言う。


「なんで分かるの?アクセントとか?」と聞いてみたら、答えはこうだった。
「クレイジーだからさ」



2010年1月27日


バスに乗って到着したパムッカレは、名前よりも写真の方が有名かもしれない。石灰でできた白い棚田のような景観で有名な場所だ。


パムッカレのオトガル(バスターミナル)に着くと、迎えに来ていたガイドはセファーという名のおじさんだった。


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すぐに例の美しい石灰棚に向かうのかと思いきや、彼は「まずは近場でやっているローカルな市場に行こう」と言う。「規模は小さいけど、今日は市場が開いてる大事な日なんだ」と小規模なツアーならではのフレキシブルさだ。


リンゴが好きだという彼はその市場で大量のリンゴを購入し、数個を僕にも与えてくれた。


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上:リンゴを買うセファー(右)


その後、昼食としてビュッフェ式の食事を摂った。トルコに来てからよく提供される、鶏でダシをとったドロッとしたスープがあるのだが、それが実は鶏ではなく豆から作られていた事を知る。
この豆、レンティル豆とかいうやつで、慣れないうちは「おも湯」みたいな感じだが徐々にハマってくる味だ。


ガイドであるセファーさんは野菜を多く食べ、タバコは吸わず、毎日のように自転車に乗り、日替わりでアクティブな仕事(ラフティングやパラグライダーの先生とか)とこのガイド業をしているという。結婚はしていないが、この地元ではテレビにも何度か出演しているらしい。

とにかく、とても50歳には見えない若々しさだ。



ところで、昨晩はいやに寒いと思っていたが、どうやらここ30年でトルコで最も寒い日だったらしい。なんとマイナス5℃!(ちなみに今日はマイナス1℃・・・)
そんな日に当たってしまうなんて、なんてツイてるんだ(泣)


ようやく石灰棚のエリアに着いて知ったが、どうやらここはあの写真の石灰棚だけではなく、ローマ時代の遺跡も結構しっかりと残っており、それもまた有名だからぜひ観て欲しいらしい。
…ということで、セファーのオススメに従い、まずは遺跡から。


遺跡が残っている範囲は割と広そうだ。
「規模の大きな街だったの?」とセファーに尋ねると、「そうだね。2世紀には多くの人が住んでいたが、地震が多くて次第に他の地へ移っていったんだ」とのこと。


”ローマ劇場”は、見た目はローマのコロッセオのような感じだが、保存状態は本場のコロッセオよりも良いようで、かつての姿をイメージしやすかった。


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面白かったのは、この劇場には既に「音響設備」があったこと。
どういうものかというと、観客席の、人間が座る部分が少しだけ前に出っ張っており、この箇所に当たった音が反射してより響きやすくなる、というものだ。うーむ、かなり賢いな。何千年も前の話とは思えない。


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その後、”アポロン神殿”(看板には「プルトニウムが出ており危険」と書かれていた)や”踊り子と水の神殿”、遺跡を利用して作られたプールも案内してくれた。


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夏は遺跡の沈む水の中で泳げるようだが、今は冬。とても寒すぎてプールどころではないので、温かいお茶だけ飲んでその場を後にし、いよいよ待望の石灰棚のある場所へ。


つづく。

2010年1月24日


エフェスの遺跡群には古代図書館の他にも、

興味深いものが幾つもあった。 


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例えば「世界最古の広告」。

世界最古の広告って、いったい何の広告か分かりますか?
答えはなんと…売春宿。


店の近くに設置されたプレートに、ハートマークと、成人男子とおぼしき足の裏の型、そして女性の顔が刻まれており、店にやってきた男性はその足型に足を乗せ、型よりも足が小さい男子は「年齢がまだ若すぎるので、あと数年待ってから出直して来い」という意味があるらしい。


売春婦は世界で最も古い職業のひとつ、と言われていますが、その証拠がこういう所にも残っているんですね~。



そしてお次は「古代のトイレ」。

ベンチのような形をした長いすがあり、腰掛けるところに用を足すための穴が開いている。


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隣の人との壁は無く、知人とおしゃべりしながら用を足していたのか・・・?と思われる。

もしそうだったとしたら、このシステムはまるで中国のトイレのようではないか(個室に壁が無い)。

穴の中を覗いてみると、めちゃくちゃ深かった。


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他にも、勝利の女神ニケの石像や、劇場跡などもあった。悲劇や喜劇が人気があったようだ。


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劇場跡では今もマドンナなど大物アーティストがコンサートを開くらしい。
さぞや味わい深いイベントなんだろうな。


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この保存状態がよい遺跡が多く残るエフェスは一大観光地であり、その名を冠したビールもあるほどだ。ビールはどこの国で飲んでもうまい。

晩飯は昨日と同じ、地元民が集うレストランでまたバターライスやコフタを食べた。
この味は飽きない。家の近所に欲しいくらいだ。
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宿泊している宿には水タバコ(写真中央)を吸える部屋があった。

晩飯のあと、ここで暖炉の火を見ながら、いろんな国から来た宿泊客と一緒に水タバコをふかし、とりとめのない話をしながら時間を過ごした。
特に、褐色の肌をした大柄の男に僕は妙に気に入られ、肩を組まれて大笑いされた。


この部屋のような、トルコのこういう「空間」はなぜだか非常にホッとする。なんとなく、フトコロの広さを感じるのだ。きっとそれは僕だけでなく、多くの人がそう感じるのだろう。だからここは、ずっと旅行者を魅了してやまない国であり続けるのかもしれない。

明日はパムッカレに移動します。

2010年1月25日


朝8:30、イスタンブールから、セルチュクという小さな町の

オトガルという場所に着いた。


7リラで宿の朝食を食べ、宿のオヤジからは

「お前は・・・日本人に見えないな!トルコ人だ!ワッハッハ」と言われた。


24歳で韓国に旅行に行った時、韓国人のおばちゃんから

韓国人と間違われて道を聞かれたことがあるが、

今回はトルコ人ときた。

友人は以前ドイツに行って「お前、アフリカ人か?」と聞かれたことが

あるって言っていたので、まだマシか。




長旅で少々疲れたのでシャワーを浴びたかったが、

シャワーが壊れていて水が出ない。

ドライヤーもつかないようだ。


日本からの単発旅行ならこれだけでアタマにきてしまうが、

今回の旅では、こんなことはもはや、

珍しくも何ともなくなってしまった(笑)


壊れていないシャワーを借り、サッパリしたあとで、5キロくらい離れた

エフェソス遺跡まで歩いて観に行った。


エフェソスは、最も大きなギリシャ遺跡と言われる。

先日まで旅していたギリシャは古代には強大な力を持っていたので、

この場所も今がトルコなだけで当時はギリシャの国土、

現代も偉大な遺跡が多く残っているのである。


実は明日、このエフェソス遺跡を周る予定なのだが、

パソコンも(厳密には電波)ガイドブックもなく、

それでも、どうしてもすぐに観たいものがあったので

来てしまったのだ。


それは古代の図書館。



昔から、本や図書館が大好きな僕にとって、

大昔の人が利用していた図書館というのは、

なんともロマンをかきたてる対象物なのだ。


図書館というからには、ここには歴史書などもあったのだろう。

その歴史書には当然、この時代よりも

はるか昔の歴史や物語が記されていたわけで、

当時ここに通った本読みたちは一体どういう気持ちでそれを読み、

何を感じたのだろう?と想像してしまう。



手前の門には今でも文字が刻まれたままになっている。




この図書館の入り口は結構こまかい箇所まで

保存状態がよく残っており、間近でみると美しささえ感じる。


何千年も昔の人もこの入口の前に立ち、

何かを知るために中に入り、数時間後、なんらかの知識や情報を得て

ここをあとにしたのだろう。

そしてそれらを生活や戦争に生かし、

今日まで続く歴史を紡いでいった・・・。


うーむ、なんて素敵な場所なんだ。

ただ佇んでいるだけで気持ちが安らぎ、満たされていく。




セルチュクの町まで戻り、

晩飯は、ロシア風サラダと、コフタという名のミートボールグリル、そしてお茶。

多分これで600円くらいじゃないだろうか。



相変わらずトルコのご飯はすばらしい。

コフタはジューシーでスパイシーで後引くうまさ、

添えられたバターライスは期待を裏切らないうまさ。

明日もこの店、来ようかな~。


なお、明日はエフェソスの遺跡で「世界最古の広告」を

見学する予定です!


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2010年1月24日

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ハマムを出た後、Nさんが言った。

「俺、コーヒー占いができるんや」


コーヒー占いとは何かを尋ねると、 
ここらのような国の、粉が残るコーヒーを
飲んだあとに、カップの底のコーヒー粉を
ソーサーにあけ、その時に見える絵によって
判断するという占いであるらしい。

なにもNさんだけの専売特許ではなく、
そういう占いがこの世にあるという。


さて、ゆったりコーヒーを飲み終った後、
そのトルコ名物コーヒー占いをするために
自分でカップをひっくり返したら、
子供が何かを食べているような絵が出た。


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さて、なかなか面白いものが見えたな、
ではNさん、占ってもらおうか、と思っていると
肝心のNさんは苦い顔をしている。

苦い顔をしているのは、コーヒーを飲んだばかりだから、ではないようで。
どうやら、手順を間違えたらしいのだ。
「ゴメン!間違えたわ…」

するとそこに、店のオジサンが急にやってきて、
「おいおい、この俺が本物のコーヒー占いできるのに、もうカップをひっくり返しちまったのか!」と言い、なぜか僕ら以上に残念がっていた。


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さて、Nさん夫婦と別れてから、
ロカンタ(大衆食堂)で野菜とビーフのパイやバターライスを食べ、それからトプカプ宮殿に行ってスレイマン1世の服や財宝を見物した。  


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バターライスはやはりうまい。これはもう、トルコ料理が世界三大料理に選ばれるのも分かる気がする。

トプカプ宮殿は響きが面白い。
意味もなく、口にしたくなる。
トプカプ。


宮殿を出てから余りの寒さに、路端で売っていたオスマン風スペシャルドリンクを飲んでみた。

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メチャクチャ怪しいが、その正体はミルク、ハニー、バニラ、オーキッド、シナモンで味付けされた甘い飲み物。濃厚でかなり美味い。

そして、今日僕が最も気に入ったものは、
このイスタンブールにある「地下宮殿」だった。


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写真では分かりにくいですが、この柱の下は全て水が張っています。水の中に柱が立っているのです。

ここは昔の人々が水を溜めておくための地下貯水池だったと言われているが、驚くべきはこの柱群の1番奥にある2本だけ、なんとメデューサの顔が彫られた石像(?)が使用されている点。


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2体のうち一体は逆さまに置かれ、
もう一方は横向きに置かれている。
たくさんある柱のうち、なぜこの二本だけが

メデューサの頭を使っているのか⁇

この謎っぷり、いろんな推察が浮かんでくるが、理由は誰も分からないそうだ。


この地下宮殿、見学した時間は終了間際だったので、他には観光客がおらず、謎の石像とたった1人で対峙していると結構怖くもあり、神秘的でもあった。


ここは、不思議空間や地下が好きな方には本当におすすめの場所。そもそも、ここが発見される前は、地上に穴を開けて釣り竿を垂らすと、なんでか知らんが魚が釣れる、というので調べたらこんな場所があったという、ウソかホントか分からない話が伝えられてるくらいだ。


ちなみに、地下つながりで言うと、栃木県にある「大谷採掘場」の地下世界っぷりもスバラシイです。暗く、広く、冷たく、不思議で、そしてアート。非日常を感じたい方は行って損は無いと思います。



2010年1月24日


今朝は、宿の近くの食堂で

チャーハンとチーズパイで朝食。
トルコなのに、店で一番安い食べ物が

チャーハンって、謎だ。


その後、Nさん夫婦と昨日予約した

ハマム(トルコの伝統風呂)へ。


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入り口は普通なのに、建物の内部がすごかった。

ここを紹介してくれたユースホステルのおじさんも、建物自体が価値のあるものだよ、と

言っていた。


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建物内部の撮影許可がおりなかったので

ちゃんとした写真をブログに上げられないのが

残念だ。なので、このブログにはこのハマムでもらったポストカードを写真に撮ってアップすることにします。



建物は確かに、初めて入るような空間だった。

まずは、着替え(男は腰タオルのみ)をし、
大きな中央の部屋を通って半個室みたいな部屋に入る。


部屋は全て大理石(のようなものか?)で造られており、この部屋でお湯で身体を洗って、担当の”身体を洗ってくれるオジサン”を待つ。

床はなぜか非常に熱くなっており、腰掛けているだけで僕はお尻を火傷してしまった。


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20分ほど待つと、ようやく担当のオジサン達(1人につき1人が担当)が不敵な笑みを浮かべながら僕らを迎えに来て、待機していた半個室から中央の部屋に移動する。


誘導されるがままに、部屋の中央にある巨大なテーブルのような場所に順に”あお向け”に寝かされ、ゴシゴシが開始される。


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考えてみれば奇妙な構図である。


大きなテーブルの上で、大の大人がまな板の鯉のようにおとなしくなり、毛むくじゃらの男に泡だらけにされるのだから。


専用の垢すりでこすってもらうのだが、途中で「ほら、こんなに汚れが取れたぞ」というように僕の方に見せてくるので、「ウワー」と顔をしかめると、何故かオジサンも「ウワー!!」と声をかぶせてくる。


しかも、かなりの力で磨くので、結構痛くて、
僕とNさん2人でギャーギャー言っていると、担当のおじさん2人に苦笑されながら「お前ら、静かにしろ」と言われてしまった・・・。


途中、”泡をたくさん溜められる専用の袋のようなもの”でボフッ、ボフッ、と身体を洗われたりもするのだが、それはそれは新感覚で、非常に気持ちがよかった。そう、まるで、自分がメレンゲになったような気分になるのだ。ウワー。



【あお向け】のゴシゴシが終わったら、次は【うつ伏せ】、そして【座り体勢】でも同じことをする。
身体洗いが終わるころには、ゴシゴシされすぎて、全身の力が抜けたような状況になる。


最後にアタマのマッサージをされるのだが、
この頃になると、もう意識が朦朧としているので、ガシガシと音が出るほどにアタマを洗われると、僕は今度は何故か「ワッハッハー」と笑ってしまった。
するとオジサンは「ワッハッハー!マンマミーヤ!!」と言ってきて、なぜトルコ人がイタリア語を・・・と思っているところに、フィニッシュでザッバーンと水を掛けられ、終了。


担当のオジサンは去り際にウインクしながら
「着替えが終わったら、オレにチップをくれよな」と小声で言ってきた。


そこに茶目っ気を感じ、確かにこの数分も面白かったので、僕は着替え後にチップを渡そうとしたのだが、オジサンは同僚と話し込んでいるのか、結局、渡せなかった。


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クタクタになりながらも、妙な爽快感を感じる。

外に出るとまたもや極寒の現実が待っており、皆でコーヒーを飲むことにした。


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Nさんが言った。

「俺、実はな、“コーヒー占い”が出来るんや」


ほう、面白そうだ。

ではそれ、やってもらいましょうか!


つづく。

2010年1月23日




なんと今日はマイナス4度!

寒いわけだ…。


その後、夫婦2人と別れ、

雪の中で震えながら

ケバブで腹ごしらえをしてから、

歩いてブルーモスクへ。



美しい。円や半円をふんだんに取り入れたデザインと、

透き通るようなブルーが本当に素晴らしい。

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とっても広いので、魚眼レンズでも撮影。

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人と比べて柱の巨大なことよ。

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イスラム教は偶像崇拝を禁じられているので神アッラーもマホメットも描かれていない。



僕がこんなふうに内部の写真を撮っていると、
遠い所から観光に来たイスラム教徒だろうか、
男2人組に「写真を撮ってくれ」と頼まれた。

イスラム教徒ではない僕がここまで感動するブルーモスク、イスラム教徒であろう彼らにしてみれば、きっと聖地とも呼べるような場所なのだろう。

もちろん僕は快諾し、その2人に対してカメラを構えたら、「違う、お前とだ」と言われた。

そして、今会ったばかりの全く知らないアラブ風の男と何故かツーショットを撮る事に…。

謎だ…。



その後、グランバザールと呼ばれる大きな市場のような場所にも行ってみた。


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先日、同じイスラム圏であるモロッコのマラケシュでも訪れたような感じのところで、売り子のおっちゃん達がやたらと声を掛けてくる。


しかも、それが大概、ヘンな掛け声なのだ。

一例をここに挙げてみます。
(※ちなみに日本語で書いてあるものは本当に日本語で言ってきています)


・「ししゃも!」

(とりあえず知ってる日本語言ってみた、って感じ)


・「寒いか?」

(えぇ、かなり寒いよ。なぜ疑問文で聞いてくる?)


・「エビちゃん?」

(惜しい!対女性なら効果あったかも。でも、俺がエビちゃんに見えますか?)


・「Please don’t break my heart!」

(ガラスのハートで商売してるんだね)


・「今日最後のお客さんのために、特別にお安くします。もう店閉めてるけど、最後のお客さん!」(ずいぶん日本語がうまい!)


・「義理の母!義理の父!」

(もはや意味不明。誰にそんな言葉教わったんだ!?)


さて、ひと通り見た後、欲しくなったカップを置いていた店に戻った。

しかし、このグランバザールに値札などは無い。

値段交渉が始まった。


向こうはフッカケてくるし、こっちは出来るだけ安くしたいしで、交渉はかなり白熱。
最終的には、向こうの店のあんちゃんが何故かファイティングポーズをとりながら
「俺と殴り合いのケンカでもして決めるか!?」と言う始末。

結局購入はしたのだが、支払いの際にもトルコリラが若干足りず、ユーロまで使ってしまった。

まあ、いいものが買えたと思うので、これもいい思い出か。




晩御飯は再びNさんとTさんの夫婦と会い、店内に暖炉のあるレストランへ入った。こんな寒い日に暖炉はしみじみ暖かい。


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安くは無かったけど、とてもうまかった。

トルコ人はパンもごはんも食べるようだが、
こっちのごはんはバターライスが基本で、

これがまた、めっぽううまい。

「ごはん」が一番トルコ料理の中で美味しいんじゃないかとさえ思った。


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メインで食べたのは写真の「テイスティケバブ」。材料が入った壺ごと火にかけ、中の素材に火が通ったら壺を割って提供されます。
エンタメ感溢れる料理のため、店中の他のお客さんに見られてしまった。
とってもくつろいだ気分になった夜だった。


2010年1月23日


朝起きたら、なんとここイスタンブールの

日本人宿、電気が止まってる・・・!


朝だから照明は使う必要が無いが、

寝起きにシャワーを浴びようとしていたのに、
これじゃあ使えないではないか。


やれやれ、4階の居間まで

「何とかしてくれ」と言いに行くか。

管理人もそこにいるはずだから。


しかし、なぜかこんな日に限って

過去最大級の寝グセが・・・。


さすがに人前に出れる姿ではない。
寝グセを直すにはお湯が一番。

だがしかし、今はお湯が使えない・・・。


仕方なく水で寝グセを直し、

4階の居間に行くと、
狭い部屋で宿泊客の男4人が縮こまりながら

なにやらボソボソと話していた。


そこで聞いてみた。
「あの、この宿、停電みたいなんですが、

ブレーカー上げたりとかはしないんでしょうか?」
「ああ、なんだか、この宿が停電っていうより、町全体が停電みたいだよ。」


町全体が停電!!??
イスタンブールが??
ホントか??


「・・・そうですか・・・・。

ところで、管理人さんはどこに・・・?」
「まだ寝てるよ。」


か、管理人だよね・・・?


ちなみに、じゃあ皆さん、シャワーってどうされて・・・」

「さあ、誰も入ってないからねぇ」

お話になりません。


腹も減ったし、シャワーが使えそうな宿に

移ることも考え、外出することにした。
念のために窓から外を見て

天気を確認すると・・・


……大雪。


なんてことだ。

空からこんこんと絶え間なく、

白いふわふわしたものが降り続けているではないか。

今は君たち雪の出番ではないはずだ。

クリスマスは2ヶ月前に終わったし、

この国ではバレンタインデーは祝わない。


呆気に取られてしばらく窓の外を見つめていた

僕はようやく自分を取り戻し、とりあえず

外に出てみることにした。


やれやれ。停電の上に大雪か。

忘れられない洗礼をありがとう。



宿から出てしばらく歩くと、すぐ近くに

ユースホステルがあった。


部屋も今空いているし、この宿なら今のこの状況でもシャワーが使えるそうだ。
ロビーにはビリヤード台やバーまで併設されていた(行かないけど)。


ここ、なかなかいいじゃん。

この宿を有力な候補とし、念のために他も

見てみようと大通りに出た。
すると、雪の向こうからたった今イスタンブールに着いたような雰囲気の日本人カップルが歩いてきた。


話しかけてみると、彼らも何軒かの宿を歩き

回って探しているらしい。

この大雪の中、大きな荷物を持って

何軒もホテルを回るというのは、
僕と同じような金銭感覚で旅している人の

可能性が高い。

うんうん、その大変さ、よーく分かるよ。


彼らは、ちょうど僕がいま泊まっている

日本人宿も候補として探していたようだったので、宿の場所を教えてあげて、別れた。


しかし、数分後、また別の路地でバッタリと彼らに会った。
そこでまた会話を交わすと、なんだか妙に話が合ったので、僕も一緒に宿探しをすることにした。


出会った2人は新婚の夫婦らしく、

新婚旅行で世界一周をしているらしい。


ちょっとここで2人の紹介を。

旦那さんはNさんという人で、
広島住まい。

ホストをやったあと、老人ホームで

働いていた経験があり、そしてこの旅に出るまではソーシャルワーカーをしていたという、
面白い経歴の持ち主。クリスチャン。32才。


奥さんのTさんは在日韓国人で、旦那のNさんとは職場が同じで上司だったらしい。
日本語はもちろん、英語も堪能で、

冷静に物事を判断する才媛。29才。



話を元に戻しまして・・・
数軒いくつか回った中には、

なんだかインチキくさい宿もあり、

結局、今朝見つけたユースホステルに
彼らと一緒に泊まることにした。


しかも、ドミトリーの4人部屋を

僕らで貸し切る形になり、
そのころには気持ちもずいぶんとくつろぎ、

明日あたり一緒にちょっくらハマムに行ってみようか、という話になった。


ハマムというのはイスラム圏にある

広~い公衆サウナのような空間で、
同性の中年(つまり、女性客はおばさんに、

男性客はおじさん)に身体を洗ってもらうという、独特な場所である。


なぜにカネを払っておっさんに身体を洗って

もらわにゃならんの、と言うなかれ。

これが、なかなか有名なのである。


この周辺で評判の良い「チャンベルリタシハマム」に直接行くより、この宿を通して

予約すると5DH(約300円)安くなるというので、スタッフにお願いした。


またそのスタッフは、他の観光地のツアーも

手伝えるというので話を聞いてみた。


実はトルコの観光に至っては、観光ポイントが

点在している上、国土も広いので
自力ではまず周れず、基本的にどこかしらのツアーに参加するのが一般的らしい。

広いトルコの観光どうしようかな~とは常々思っていたので、丁度よかった。


だがそのスタッフは「僕は今から会議があるので、詳細はすぐそばのパシフィック・トラベルという旅行会社に聞いてくれ。向こうには電話しておくから」と、どこかに行ってしまった。


パシフィック・トラベルにはNさんたちも付いて来てくれて、結局、約1時間半(!)の商談の末、このイスタンブールからセルチュク、パムッカレ、カッパドキアのツアー予約という決着が着いた。

かなり安くまで値切ったが、それは奥さんの
Tさんに流暢な英語で助けてもらったおかげだ。改めて感謝をせねばならない。


ところで今日はヤケに寒いと思ったら、

なんとマイナス4℃らしい!!

今からこの中、果たして観光できるのか??


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2010年1月22日


ギリシャから飛行機に乗り、お次はトルコ、イスタンブールへ。

まさに、とんでイスタンブール。


飛行機がまたもや到着前に大きく揺れ、冷や汗をかいた。

ハッキリ言ってこれは何回味わっても気分のいいものではない。


到着してから、メトロとトラム(路面電車)を乗りついで、

市街地中心部へ。




ここでもまずは人心地つくために、日本人宿「ツリーオブライフ」に

泊まることにした。


ちなみに今日のイスタンブールは雨。

今回の旅は冬なので、とにかく雨だの雪だのと天気が悪い日が多い。


着いて早々風邪をひくのも嫌なので、駆け込むように宿に

転がりこみ、受付である居間のドアを開けると、

いやはや、なんじゃこりゃ、男ばっかりだ。


自分も同じ男ながら、むさくるしいとはまさにこのこと、

さほど広くもない居間に10人弱の男どもが暇そうにくつろいでいた。


旅の情報交換をする者、ガイドブックを熱心に読みふける者、

パソコンをカチャカチャいじっている者、コーヒーをすすっている者、

ただただボンヤリとしている者・・・


雨だから外に出たくないのも分かる。

しかし女性がいないからか、お世辞にもシュッとしていない

旅の猛者たちがダラダラしている絵はあのハンガリーの

日本人宿「アンダンテ」では見られなった退廃さすら感じさせる。

あんたら一体いつから髭剃ってないの?


しかしやはり日本語が普通に通じるのは安らぐし、助かる。

そして、こういう宿には長期宿泊者、いわゆる「ヌシ」がいて

何故か少なからぬ権力を握っているものなのだが、

それがここにいる誰なんだか今はまだ分からないので、

全員に愛想よく挨拶をするのが大事だ。


これまでどういう旅をしてきたかに関係なく、いまこの瞬間の

この宿では自分はこの中で一番の新入り、まかり間違って

彼らに敵対視なんぞされたら居心地が悪くなるのは目に見えている。


僕もなんとか認められたのか、ここでも「そろそろ皆で晩メシにするけど、

一緒に食べる?」と声を掛けられた。ありがたい。確かに腹ペコだ。


皆でカルボナーラとスープを作り、ひと息つく頃には、

彼らと話しているのが楽しくなっていた。

数々の旅人が書き残していった情報ノートや会話などで

この地イスタンブールのざっくりとした知識を掴むこともできた。


そして、特に話が盛り上がった同年代の男に、ペルーの

宿で僕が引き継いだ本『マンゴー・レイン』を手渡すことにした。


↓ちなみにペルー編はこちら

http://ameblo.jp/eatrip/theme1-10084187905.html



『マンゴー・レイン』は、

タイのバンコクを舞台とした、激しい内容の小説だ。

ようやくだ。ようやく次の人に渡せる。


例によって僕の名前と今日の日付を本に書き込み、

次の人に渡す時には同じことをしてくれ、と彼に念を押した。


ここイスタンブールはヨーロッパとアジアの中継地。

まだまだ先だが、アジアの一員、タイまでこの本が届けば本当に

楽しいな、と心底思う。


明日は早起きして観光だ。




しかし、この時はまだ、翌朝控えた「悲劇」を

まだ誰も知る由もなかった・・・。


明日につづく。


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