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一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

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自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

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2010年2月3日


今朝は、起きるのが少々遅かった。
昨日の日記(※「タイ① 混乱のプロローグ」参照)に書いた事が、その理由になっているのだろうか。

そしてこのボンヤリした起床が、大バカ者の振る舞いだったことに気づくのは、夜になってからである・・・。


まあそれはひとまず置いておいて、ここバンコクでは、密かにやろうとしていた事がある。


それは、”髪を切る”。


日本を発って約2ヶ月、髪が異常に伸びるのが早い僕のアタマは、もはや手入れのされなくなった芝生がまるでジャングルのように収集がつかない状況になっていた。


だったらもっと早く別の国で切れば良かったようなものだが、そこはそれ、バンコクの物価の低さを利用しようとしていたのである。

バンコクで髪を切るとタイ人のようになりそうで不安だが、このアタマを放置するよりはマシだ。


じゃあどこで切るか。
それは、“サイアムスクエア周辺”と決めた。


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何故なら、先日読み終えてイスタンブールのゲストハウスで引き渡した小説「マンゴー・レイン」に、”サイアムスクエア周辺は日本で言う原宿のようなところだ”、と書いてあったからだ。


サイアムスクエアに行った事は無いものの、原宿ならば髪を切っても悪いようにはならないだろう、という算段があった。


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さて、それから現地に行ってみて、いくつか美容室を見てみて、値段が中間くらいの店に決め、髪型をヘアカタログから選び、一番腕の良さそうなお姉さんが担当になった。


そして、言葉が通じないながらも、非常に一生懸命やってくれた。


ただ、なぜか左後頭部が気になるらしく、そこばかり切ってくれる。


さらに、もうそろそろここらでいいかな、と思いかけた時、「アイ・・・リコメンド・・・モアショート」と言ってきた。

まだ切るのか?と一瞬思ったが、そこはプロの言うことを聞いた方がよかろう、と考え直し、完成した髪形は見事な短髪。


いや~さっぱりした。


・・・って、へアカタログのと全然ちがうやろこれ!


だが、既に無い髪のことを悔やんでも仕方が無い。確かにさっぱりしたし。


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夜ごはんは、
偶然見つけた店で久しぶりに日本食。
日本食は少し高いが、この店はかろうじてネットが繋がるので仕方が無い。
カツ丼、まじでうまい。
カツ丼ってこんなに旨かったっけ!?



そして夜。
いよいよ衝撃の事実を思い知る。


さあ~て、今日の日記を書こうかな、とメモ帳にまずは日付を入れようとした僕。


ええと、今日は2月2日だから、2/2と。

一応、カレンダーも見ておくか。

カレンダーによると、今日は、2月…3日…⁉︎?

2日じゃなくて、今日は3日なのか!?


!!???

どういうことだ???


なんと、イスタンブールからバンコクに到着した時点でもう2月2日だったのに、何故かその日は2月1日のままだと思い込んでしまい、まる1日勘違いして過ごしてしまったのだ!


そして、結果として、なんと今朝発の搭乗せねばならない飛行機に乗り遅れてしまったのだ。

いや、乗り忘れてしまったと表現した方が正しいか。


超バカだ!!


今朝は、ハッキリ言ってぼんやり起床してる場合じゃなく、髪を切ってる場合でも無かった。


飛行機はもうカトマンズへと行ってしまった。

しかし、カトマンズからバンコクへと帰ってくる飛行機と、バンコクから成田へ帰る飛行機は既にスケジュールを組んでしまっている。


新たにお金を払ってカトマンズ行きのチケットを買うか?
それとも、日本に帰る日までこのまま何日もバンコクに居続けるのか?


前者だと、本来既にお金を払っているフライトに2重で支払うことになるし、後者だと、憧れの地へ行けないどころか、ただ漫然と日々を送ることになりそうだ。


漫然と送らずに隣国カンボジアやラオスへ行くという手もあるが、それはそれでお金がかかる。
どうせお金がかかるのなら、憧れの地へ行くのに充てた方が、いや待てよ、そもそもそれにはお金払っていた訳だし・・・。


と、堂々巡りのような状態に。

う~~~む、どうしよう。

暑さと時差でぼんやりしてるくせに、髪を切ってさっぱりした僕の頭。
この頭を使って、納得いくまで考え続けよう。


続く。



2010年2月2日 


昨夜イスタンブールから出発し、

今日の昼にタイのバンコクに到着。


長時間のフライトに加え、トルコとの時差があり、さらにタイ時間に時計の針を合わせ忘れ、「今」がいったい何時だかよく分からないまま、あれよあれよと夜になってしまった。

腹が空いてきたのでサッサと宿を決め、酷暑の中を歩いて屋台で飯を食べるが、この暑さ、何だか頭がぼうっとしてくる。

無理もない、昨日かそこらまでは、雪の積もる国で椅子を解体した木材をくべた暖炉にあたっていたのだから…。


しかも、宿をとったバンコクのカオサンロードというエリアは昔から「バックパッカーの聖地」と言われ続けているストリートで、深夜、いや朝方まで騒音・嬌声が止まず、だんだんとまともな思考が出来なくなってくる感じだ。


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↑カオサンロード。一年中お祭り騒ぎ。

     毎日朝4時くらいまでこんな感じ。


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↑今夜の宿。スタッフはいつもパソコンで遊んでいるか、何か食べている。

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↑この国ではアメリカのキャラも仏教徒っぽく。

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上:今日の晩餐。約60円。なぜかうまい。



僕は22才ごろに一度このカオサンロードに来た事があるので、乱痴気騒ぎには心の準備が出来ていたが、これ、初めて来る人には面食らうと思う。


ここと比べると、あの「世界一賑やかな広場」と呼ばれるモロッコのジャマ・エル・フナ広場のガヤガヤ感が可愛らしく思えてくる。


何だかいろんな要因で変な疲れが出てしまったが、ここバンコクには2泊だけして、次は憧れのネパールへ。


カトマンズ・・・

興味をそそられる響きだ。


だがしかし、この時はまだ、明日起こる悲劇を全く予想していなかった…


つづく。


2010年2月1日

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今回のギョレメで宿泊した宿、「NOMAD CAVE HOTEL」のオーナーは、結構テキトーだ。


今日も、朝僕がダイニングルームに行くと、自分の部屋があるのに何故かソファで寒そうに寝ていたし、ホットシャワー用の電源をほぼ毎日入れ忘れて宿泊客にガミガミ言われているし、イスラム教徒のはずなのにしょっちゅう酒を飲んでいるし、タバコの吸いすぎでいつも苦しそうに咳をしているし、部屋の掃除をしていたはずなのに途中でほっぽりだしたまま、遊びに来た友達と延々フザケあったりしている。

「この宿、ネットは使える?」と僕が聞き、「ああ、使えるよ」と自信満々で教えてくれたパスワードが隣のホテルのものだった時には脱力した(笑)


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ただ、その適当さが僕ら旅行者には有難い点もある。


基本的にスタッフしか入ってはいけなさそうな場所を僕らがうろうろしていても「OK、マイフレンド。OK、OK!」とそのまま居させてもらえるし、宿の聖域のひとつ、キッチンまで勝手に使わせてもらえる。


この前は、お言葉に甘えてキッチンを使っている際、この宿の一般スタッフがキッチンに入ってきてこんな事を言っていた。


「やれやれ…。あのボーイは、いっつも問題ばかり起こしてくれるよ」
「”あのボーイ”って、誰のこと?」と僕。
「ウチのボスだよ(笑)彼は、いつもキッチンを汚くするんだ。キッチンを使った後はちゃんと片付けろと、いつも俺が言ってるのに」


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“オーナー”といっても、27歳かそこら辺らしく、仕事オンリー!というよりは、仕事と遊びを両方やってる感じに見える。


だからだろうか、毎日のように、このイイ感じに力の抜けた洞窟ホテルには、そんなオーナーの友人だか仕事仲間だかが何人もやってきてお茶を飲んだり、おしゃべりしたり、一緒に働いたりしている。


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↑2月になったというのに、未だに飾ってある窓際のクリスマスツリー・・・。



ホットシャワーが一体いつであればマトモに使えるか不明だが、ギョレメにゆる~く滞在したい人には、もしかしたらオススメの宿かもしれない。


僕はそんなことを思いながら食事をし、キッチンを使わせてもらったお礼に、今朝もまたいつも通りオーナーが放置したままの食器も一緒に洗っておいた。



なお、今これを書いているのはダイニングルームなので、今もすぐそばにオーナーがいるのだが、
彼は今、何をしているかというと・・・。


さっきまでベランダに並べてあった木の椅子を、急に斧で破壊しだして、木片となったそれをストーブにくべています。


確かに、今メチャメチャ寒いけど、それ、壊しちゃっていいのか?(笑)


でも、こういうハチャメチャな人、僕はけっこう好きだ。

トルコの旅を笑いで彩ってくれて、ありがとう。

2010年2月1日


タイ編に入る前に、もう少しだけ。


今回の旅に出る前から、トルコは親日だと聞いていたが、ここに来てみて、本当にそう感じる。


そこらへんの道を歩いているだけで、とにかく声を掛けられる。


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モロッコでも「ハロー!ジャパーン!!」とよく見知らぬ人に声を掛けられたが、同じくらいの頻繁さだ。


昨日も2人の男とすれ違ったあと、すかさず、そのうちの1人が後を追いかけてきて「ハロー。お前は日本人か?」と聞いてきたので「そうだよ」と応えると、「トルコは楽しいか?」と聞いてきた。

「うん、とても」と言うと、ニコニコして「うんうん、そうか。それじゃ、またな!」と嬉しそうな顔をしながら友人の元へと戻っていったし、

今日は今日で、10代後半くらいの女の子が少し緊張しながら「エクスキューズミー。あの・・・あなたは、日本人ですか?」と言うので「そうだよ」と言うと、「私の友達が、日本人のことが好きなので一緒に写真を撮ってもらいたいって言うんだけど・・・いいですか?」と聞いてきた。


もちろん、と応えると、なんと、その子だけではなく一緒に5,6人の人間が集まってきた。
急に大勢のトルコ人に囲まれ、これは新手のスリなのでは?と一瞬頭をよぎるもそんなことは無く、撮影後は「良かったね!」という感じで彼女らはニコヤカに去っていった。


これに似たことはトルコにいる間、何度もあった。


ではなぜ、トルコ人は日本人が好きなのか?


一説によると、昔、トルコ人の船が日本のそばで遭難した事があり、その際に和歌山県の人々がその遭難した船を救ったらしい。


この話がトルコの教科書に載っており、「日本人には恩があります、だから我々トルコ人は日本人に親切にしましょう」というような風潮があるとか。


真偽のほどは確かめていないので定かではないけど、旅行をしやすく、そして、気分良く過ごせる国なのではないかと思います。

そして僕たちは、そんな風潮を作ってくれた和歌山県の人々に感謝すべきなのかもしれません。


2010年1月31日


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今日はトルコの最終日。
ミニツアーの予定も無いし、天気もいいので
ギョレメ周辺を散歩することにした。


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ギョレメの町自体は小さく、特に何も無いのだが、周辺には奇岩をくりぬいた大昔の住居(かつて迫害されたキリスト教徒らが住んでいた)がやたらとある、探検するにはもってこいのロケーションなのだ。


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散歩を開始し、ツアーバスはおろか、個人旅行者も、果ては地元の人間すらも誰も来ないような廃墟(正確には、大昔の教会の遺跡)に足を踏み入れたときだった。

どこからともなく、小さくて黒い犬が現れた。

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毛並みは割と良く、赤い首輪を付けているので、誰かの飼い犬だとは思うが、よく見ると首輪の赤色は結構くすんでいるので、もしかしたら随分と前に逃げ出したのかもしれない。

小さいながらも元気いっぱいな犬で、僕の視界を所狭しと走り回っている。



僕が教会跡を見終わり、そこから出ようとした時、その犬はまだ周囲にいたが、僕に気づいてパッと離れた。



その動きがどうにもかわいらしいので、近寄ろうとしても、逃げてしまう。


だが、彼は人間に興味があるのか、ある程度の距離を置いて僕について来る。


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↑ 左下に見える黒いのがその犬



自分に付いてくるとはいえ、いつまでも犬にかまっていても仕方が無いので僕は気にしないようにしていたのだが、後をついてくるくせに、頭も撫でさせてくれない。


なんだか僕は逆にさらに興味が湧いてきて、少しづつその犬との距離を縮めていくことにした。

そして、ついに頭を撫でることに成功。
彼はされるがままに、大人しくしている。
きっと怖かっただけだろう。

頭を撫でながら顔を見ると、そこで初めて、不思議な眼の持ち主だということに気がついた。


眠たそうにも見えるものの、それでいて何かを悟ったような、神秘的な、何かを知っていそうな眼。


ここは彼の庭のような場所なのだろうか、あちこちの住居跡に向かって走って行って、僕の興味を惹いては、また別の場所に行く。
そういう行動を繰り返している。


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…もしかしてこれは、僕をガイドしているのかもしれない。(
冷静に考えなくてもそんなことあるワケないのだが、なぜかフトそう感じてしまったのだ)

そう思い、彼について行くと、なるほど、いろいろと面白いものが見れた。

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その後、僕はこの犬を今度は抱いてみたくなり、思い切って抱きかかえると、これまた唸り声ひとつあげず、僕の腕の中におさまった。


めちゃくちゃ可愛い。


赤ん坊をあやすように僕はしばらく腕を揺らしながら歩き、丘の上まで来たところで彼を地面に降ろした。


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丘の上には小さな土産物屋があり、その店にはまた犬が3匹いた。

僕が土産物屋を物色している間、ついさっきクロマルと名づけたばかりのその犬は、しばらくそこで僕を待っていたようだったが、土産物を物色しながら僕がその店の3匹の犬に構っているうちに、クロマルは寂しそうにトボトボと丘を降りていってしまった。


その姿はあまりにも寂しそうだった。

僕は慌てて丘を駆け降り、叫んだ。


「クロマルーー!」

何回か叫んだが、なぜか姿が見えない。


最初に会った教会の遺跡前に戻ってみても、もう、どこからも出てこない。

もう丘の一番下まで来てしまった。

間もなくギョレメの町に入ってしまう。
なんだか急に、今度はこっちが寂しくなってきた。


でも、これだけ広い場所だ、さすがにどこかに行ってしまっただろうと諦めかけたとき、曲がり角の向こうから黒い犬が駆けてきた。


・・・クロマルだ!


ほんの数分しか時間を共有していないのに、ここまで再会が嬉しいとは自分でもびっくりしたが、とにかく何故かそんな魅力がその犬にはあった。


その後も当然のように彼は僕のうしろに付いて来ていたが、車の数が増えてきた辺りで、さすがにいなくなった。このあたりは交通量が多いので危ない。これでよかったのだ。

でも、もう一度会えて良かった。


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↑ トルコのお守り。目玉のモチーフは「いつもあなたを見守っています」という意味があるらしい



ところで、冒頭にも書いたが、今日はトルコの最終日。

午後17時40分、ギョレメからカイセリ空港へ行く車が僕の宿に到着した。

いよいよギョレメから、そしてトルコともお別れか…楽しい国だった。そう思いながら、
車の中に乗り込み、運転手がハンドルを切った瞬間、目の前にサッと黒い影が見えた。


あの姿は。もしや。

いやまさか。


だがそれは、
またしても、クロマルだった。


すごい偶然だ。
もちろん、たった数分遊んだだけの僕の匂いを追ってきたとは考えにくい。
たまたま通りかかったのだろう。
だが、偶然でもなんでも良かった。


最後の最後にお別れを言いに来たようで、
不思議だけれど、いとおしさを感じた。


クロマルよありがとう。

おかげで、最高のトルコ最終日になった。

これから、タイに飛びます。


2010年1月30日

昨晩も今朝もホットシャワーが出ないので、さすがに部屋を変えてもらうことにした。
タイのように暑い国なら水シャワーでも構わないが、こんなに寒いトルコで水シャワーは苦行以外のなにものでもない。


イスタンブールで出会い、偶然にもここギョレメでも数日一緒に過ごしてきたNさんとTさんの夫婦が今日でギョレメが最後だという。
そこで、今日はこれから一緒に、隣町であるネブシェヒルに行くことになった。

オトガル(バスターミナル)からミニバスに揺られて約15分ほど、ギョレメよりも都会のネブシェヒルに着いた。


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ここはカッパドキア周辺で一番大きな街らしい。

バスを降りてすぐ、Nさんが”ハチミツ売り”に興味を示した。


Nさんは大きな身体と同様、大きな好奇心も持ち合わせているらしい。
「おっ、ワシこれちょっと、食べてみたい」


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売り子のお兄さんに「ひと口だけ買う」と要求するも、それが伝わらず、相当な量のハチミツがNさんの手に渡った。


「今日でイスタンブールに戻るのに、こんなにハチミツあってどうしよう・・・」

頭を抱えるNさん。


その後、野菜の市場をザッと見て、簡単に腹ごしらえ。お金が無い僕らはロカンタ(大衆食堂)へ直行。ここは、食べたいものを指させばいいので安心だ。


レンティルと呼ばれる豆で作った、コーンスープのような味わいのトルコならではのスープや、3種類のおかずを分け合った。人数の多い食事は、それだけでさらに美味くなる。
しかし、量が若干足りない。まだ何か食べたい気分だ。

そこでNさん、すかさずこう言う。
「このハチミツなら、どんだけ食べてもええよ!食べ放題や」

デザート替わりに少々戴いたが、蜂の巣ごと購入したあまりにも濃厚なハチミツであるゆえ、一向に減る気配は無く、結局ロカンタに寄付することにした。

新品のハチミツをツーリストに急に手渡され、
店側が戸惑ったのは言うまでもない。


スーパーに寄り、肉を買ってから100円ショップのような店も覗いてみた。
すると、数々のガラクタ、いや失礼、商品の中から、Nさんがダイヤモンド級の一品を発見!


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ミニ電気湯沸かし器!!

自分でお湯が作れるのは、旅行者にとって相当助かる事である。


で、こっ、これ、いくらなの!?


・・・安い!


日本で買うと高いし、他の国では売ってるの見たこと無いし!
つまり、掘り出しもんや!


・・・しかしコレ、あまりに安いが本当に使えるのか?


店員にちゃんと使えるのか聞いてみると、うなづいただけでは無く、なんとこの場で実演してくれるらしい。


水を入れて・・・

コンセントを挿して・・・

しばらく待つと・・・


おおっ!まだ数秒しか経っていないのに、もうコポコポしてきとる!!
これは本物や。

すなわち買いや!


僕も興奮し方言が出てきてしまっている。

狭い店内で電気湯沸かし器ごときに狂喜乱舞する日本人を見て、実演してくれた店員は首を傾げていた。



その後、Nさん夫婦と一旦別れ、僕は野菜市場に戻り野菜を買う事にした。


なぜなら、これまでいろいろとお世話になった二人に、今晩は鍋を作って恩返しをする事にしたのだ。


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どの店も新鮮で活気があるが、目に付いたお店で人参や葱、キャベツや大根を購入すると、
「どっから来たんだ?日本か!まあ、お茶でも飲んでけ!」と店の“内側”へ案内された。

忙しく動き回る店員の背後で、椅子に腰掛けアップルティーをすする俺・・・。

当然、多くの客が物珍しそうな目をこちらに向けてくる。

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↑八百屋の裏側から見た光景。訝しげにこちらに向けられる視線が痛い・・・


店員に「アイツはなんなんだ?」というような質問をする人も出てくる。
そのたびに店主は「こいつは、日本から来たんだ!すげえだろ!?」と笑顔で彼らに紹介するので、仕方なく僕も「メルハバ(こんにちは)」と挨拶する。


貴重な経験だが、何だか居づらい・・・。
そう思っていると、今度は別の店員が「おい、タバコ吸うか?」とラークを差し出してくる。


忙しく動き回る店員の後ろで、椅子に腰掛けアップルティーをすすり、タバコを吸う怪しげな東洋人・・・。


人々の好奇の目がより強くなった気がする・・・。


まるで客寄せパンダにでもなったような気分だ。
折しも雨がパラついてきたので、それをしおに椅子を立ち、礼を言って八百屋を去った。


5時前に宿に着き、鍋作りに取り掛かった。
研いでいない包丁を使って、ひょろ長い人参と大根の拍子切りをする。

久しぶりだからか意外と難しい。


鍋が完成し、Nさん夫婦が買ってきてくれたビールで乾杯。


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苦労の甲斐あり、あっと言う間に鍋は無くなった。
最後は、たまたま見つけたラーメンで締め、まるで日本の晩御飯のようだった。


折に触れて、助けてくれ、和ませてくれ、気づきを与えてくれた賑やかな夫婦。
彼らに会わなければ、ここトルコでの思い出はこんなにも充実しなかっただろう。
イスタンブールのあの大雪の中で発生した偶然の出会いと二人の存在に、ただただ感謝。
またいつか会いましょう。

2010年1月30日

ローズバレーやチャウシン村を終え、次にカイマクルという「地下都市の遺跡」にやってきた。

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ここは約1000年前の住民たちが、なんと地下8階(!)まで掘って造った都市。異教徒からの迫害から逃れるためにキリスト教徒が造ったと言われるが、そんな昔に、いったいどうやってそんな下まで掘れたのか、まだ分かっていないという。

しかも、その内部はまさにラビリンス。
さっきのチャウシン村もかなり複雑怪奇な作りで迷子になりがちな場所だったが、それが可愛く思えてくるほどだ。

ただ広いだけでなく、横にも上下にもまるでアリの巣のように構造が複雑なので、ガイド無しだと相当迷って危険だろう。実際、ツアーの輪を離れ単独行動しようとした人は、ガイドにマジで怒られていた。

石で穿たれたテーブルやイスがある数々の部屋だけでなく、巨大な石貨のようなコイン型をしたドアや、スパイス作り場、ワインの醸造室、貯蔵庫、井戸、教会なども観た。


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天井が低い場所、狭い場所、階段、入り組んだ道などが絡まり合って、非常に歩きにくいうえ、地下だから寒い。

驚嘆すべきなのは、ここが地下で、日光が届かないのに、人々が暮らしていたのが電気が無い時代だったということ。それはつまり、この広さを”ろうそく”またはそのような灯りのみで照明の役割を担っていたということ。
昼も夜も、いつも暗いって、どんな感じなんだ?

もし火を起こせば、煙が地下都市全体に充満して酸欠になる。しかし、火を起こさずに何万人もの人々が生活できるか?
おそらく答えはノーだろう。しかし、その煙の対策をどうしたのか、今だに分からない、とガイドが言っていた。

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生活のため、たまには地上に出ていたのかもしれないが、いつ敵が襲ってくるか分からない。まったく、
そんな生活、どういう気持ちで送っていたのだろう。
本当に、昔の人の生活には度々驚かされる。


ギョレメに戻ってからは、川をまたぐように作られている近所のカフェにWi-Fiが飛んでいると知り、久々のネットをしようと出かけた。


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到着し、さて、それではネットをしようとした矢先、店主が声を掛けてきた。
「助けてくれ。韓国人の知り合いにメールで写真を送りたいんだが、データが重すぎて送れないようなんだ」

お安い御用、と手をつけるも、本当に重い。
そこでアレコレとしているうちに、かなりの時間を食ってしまった。
最終的に、無事届いたようでよかったが、自分のことを何もしてない。

急いでメールなどを済ませ、「お会計を」と言うと、「え~っと、会計は・・・いや、今日はいいや。助けてくれたから」
ラッキー!!

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カフェを出てから、金額をたずねるたびに毎回「100USドル」とふざけてくるオヤジの店で自炊の材料を購入し、宿に帰った。



2010年1月30日


昨日は1日かけてキノコ岩の教会跡を観たが、今日はローズバレーと呼ばれる谷や小さな村、そして地下都市に行く予定。


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今朝、僕らが宿泊している「ノマド洞窟ホテル」には、まるで倒れこむように、白人の大柄なおばちゃんが到着した。

なんでもカリフォルニアからはるばるトルコまでやってきたとか。


だがこのおばちゃん、皆にすすめられた椅子に座ってもずっとグズグズ文句を言っている。
どうやら寒くてしょうがないらしい。


そりゃカリフォルニアから来ればここは相当寒いだろうが、ここの宿のスタッフに向かって何度「寒い寒い」と繰り返しても、暖かくなるわけではない。


だがしまいには「他のホテルに移る!」とまで言い出し、慌てたスタッフが彼女を宥めすかしているのを見ているうちに、ようやく僕らを迎えに来たバスが来た。



今日はカッパドキアの観光ツアー2日目。

昨日とはメンバーの顔ぶれが変わっている。
昨日と一緒なのはガイドのオスマンさんとカナダ人カップルだけで、他のメンバーは裕福そうなイタリア人女性2人組やインド人の母子、そして日本人学生の卒業旅行カップルなどに入れ替わっていた。


さて、バスが走り出して間もなく、ガイドのオスマンが「皆さん、今日は天候が良くないので、予定していたローズバレーに行くのを中止します。申し訳ございません。そこで、代わりにまずは・・・」と今日のスケジュールを伝えた。
だが、その直後、参加者の数人がモメ出した。

「天候が良くないとか、雨だから行き先を変えるって、それはアナタ、無責任じゃない?私達はこのツアーにお金を払っているのよ?」と言っている。


おそらくガイドとしては、雨で地面がグチャグチャな日に谷なんぞに連れて行った挙句、誰かが転んだりしたらそれこそ厄介だからと、行き先変更と判断したのかもしれないが、それでも、モメている人たちは納得していない。


結局、ガイドのオスマンが折れて皆でローズバレーに向かったのだが、バス内で散々非難されたのか、オスマンは心なしかションボリしながらガイド業を進めていた。


オスマンの心配をよそに、ローズバレーそのものは、非常にワクワクする楽しい場所だった。


細い道が岩山や谷を縫うように通っており、そこをテクテクと皆で歩く。
そして周囲には昨日観たような、固い岩肌をくり抜いて造られた住居や教会の遺跡。
ここには迫害から逃げてきたキリスト教徒たちが多く住み着き、その工夫のあとが一つ一つ凝っていて面白いのだ。


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↑岩肌がクッキリと違う色に分かれていて面白い。もちろん人の手によるものではなく、自然の芸術だ。

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↑こういう道をひたすら進みます。右下の人間と比べると、その大きさが分かるのではないでしょうか。

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↑壁にはキリスト教徒による独特の模様が。

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↑中に入るとこんな感じ。神秘的な廃墟です。


たしかに、地面は充分にぬかるんでいるので、気を抜くと即スベる。尻もちでもついたら泥だらけだ。


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行程は子供の頃連れて行ってもらった森の中のアスレチックのようでもあり、誰かが「インディージョーンズのようだ!」と叫んだが、なるほど、そんなふうでもあった。


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その後、次の目的地「チャウシン村」へ。
ここも教会跡と同様、今は誰も住んでいないが、その遺跡範囲が丘全体と言えるほど大きいので、
ひとたび中に迷い込むと、まるで遊園地の大迷路のように出口を見つけるのは難しそうだ。

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↑スタスタと忍者のように上を目指すインド人。
(写真左)

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なんとか丘のてっぺんまで登った時、たまたま、麓の町からコーランが流れてきて、言葉にし難い感覚に囚われた。

異国情緒ってこういうことか、なんて思ったりもした。


チャウシン村の反対側に行ってみると、ここには、呆気に取られるほど大きなキノコ岩があった。
これ、今まで写真とかで見た事無かったけど、結構すごいんじゃ?


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↑これに人の手が加わってないってんだからスゴイです。まるで円柱の最頂部に人間が丸い石を乗せたように見えますが、これも自然のしわざ。



観光を終え、昼食を食べ終わるとほぼ同時に、
「やあ皆さん。僕が新しいガイドですよ」と急にガイドが交代した。


そういえば、いつの間にかオスマンの姿が見えなくなっていたが、彼はどうしちゃったんだ?
もしや、皆に責められ過ぎての交代か?

ツアーの途中でいきなりガイドが交代って・・・
こんなことって、珍しくないのかな?


新しいガイドは、何だか妙に態度が偉ぶってるオジサンだったので名は覚えていないが、とにかく僕らは次の目的地、「カイマクルの地下都市」へ向かった。


(次号へ続く)


2010年1月29日

カッパドキアの教会ツアーはかなりの見応え。
僕が今回まわったのはギョレメ野外博物館、と呼ばれる広いエリアで、ガイドについて多様な国籍の観光客があちこち訪れるものだ。

昨日の「リンゴの教会」と呼ばれる教会のほか、
「暗闇の教会」「サンダルの教会」「蛇の教会」「金具の教会」など、その名前を聞くだけで妙にワクワクするような教会跡がたくさんあった。

キリストや聖人の「絵」がびっしりと描かれた場所、赤を多く使った「模様」がメインの場所、十字架などを「彫った」ものがたくさん残る場所など、さまざまだった。

それにしても、これが1000年前からあるなんて…

日本で言えば平安時代、『源氏物語』などが生まれたのと同じ時代にここに描かれ、色彩も鮮やかなまま、鑑賞に耐えうる美しさで残っている。

カッパドキア、とテレビなどで紹介される時はその特異なきのこ岩にフォーカスされますが、そのきのこ岩の中に、こうした教会跡があることをどれだけの人が知っているのでしょう。

正直僕も、行くことを決めてあれこれ調べるうちに初めて知ったくらいです。

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↑僕のお気に入りの一枚。無骨な厚い岩の隙間から、隣の部屋の教会が見える。初めてここを発見した人はどれほど感動したろうか!


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↑  自然の驚異と人間が造った建物が共存している。
あたりまえのように巨石がそこらじゅうにある日常って、どんな感じなんだろうか。

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昼間のバラエティに富んだ神秘的な教会群を観れただけでなく、今日は他にも嬉しいことがあった。

なんと、
イスタンブールで出会い、エフェスやパムッカレのツアー取得の手伝いまでしてくれたNさんとTさん夫婦と、偶然にも再会したのだ。
しかもまさかの、同じ宿!
彼らと過ごせるなら楽しさ倍増だ。

そこで、今夜は再会を祝して我々の住まいである洞窟ホテルのキッチンを借りて自炊。

我々みたいな貧乏旅行者はお金を持った白人観光客のように連日連夜オープンテラスのレストランで肉を頬張ることはできないのだ。

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↑食後、皆で「大富豪」をやったら最強の手札が到来。さーて、どうしようかな。

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宿の外に出てみたら、太古からの巨大な奇岩がライトアップされ、非日常感が更に増していた。

観光地ではあるが、意外にもこの地の夜は静か。
みな、建物の居間で暖かくしてくつろいでいるのだろう。ここはそういう過ごし方がしっくり来る場所だ。とてもリラックスしてくる…。

明日は少し移動して、カイマクルという地にある驚異の地下都市遺跡を探検します!

2010年1月29日


今日は宿泊しているギョレメの洞窟ホテルを飛び出し、カッパドキア観光のツアーに参加。


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メンバーは日本人である僕のほか、マレーシア人、オーストラリア人、中国人、オランダ人など。


オランダ人夫婦の旦那さんがとにかく良く喋る人で、移動中でも観光中でも、ツアーメンバーに誰彼構わず話しかける。


おそらく事前に調べたのであろう、ここギョレメ周辺の知識を披露するのだが、なんだかその姿がチャーミングで面白い。


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きのこ岩、とよく表現されるが、上の写真のように、つくしに見える岩もたくさんある。

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岩をくり抜いて造った住居や教会、ラクダ岩など変わった岩の観光も。


このあたりには今から5000年前には人間が岩をくり抜いて住んでいたらしい。もう昔過ぎて想像がつかないが、それが今もこうして残されていて中にまで入れるというのは、まさに奇跡だと思う。


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↑とっても仲良しだが、実は親子ではない。

    地元の子供と、ツアー客のオランダ人。


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至るところに描かれた、キリスト教の絵。
イスラム教徒に追い込まれ、隠れ住みながらも描き続けたのだろう。ちなみにここは、「リンゴの教会」と呼ばれている教会。

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今回先に観てきた西ヨーロッパ各国の雰囲気よりも、ハンガリーやチェコなど東ヨーロッパよりの色彩が感じられる。

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顔の部分ばかりが狙って剥ぎ取られている。偶像崇拝を禁じた宗教を信仰している人間のしわざだと思われる。


トカリ教会という、色彩がきれいに残っているこのカッパドキア観光の目玉である教会に行った後、お昼に皆でレストランでトルコ料理を食べた。


メインの肉料理が何故か牛スジ煮込みにそっくりな一品で、非常に美味かった。


僕があまりにも美味しそうに食べるからか、マレーシア人のおじさんはニコニコと見守り、オランダ人のおじさんは「バターライスいっぱいあるぞ」と皿を回してくれ、カナダ人のお姉さんも「私のヨーグルトもあなたにあげるわ」と、なんだかいい雰囲気で昼の時間を過ごせた。

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陶芸工房にも行った。

写真のように組まれた板を足でリズミカルに踏むことで“ろくろ”が周り、それを両手で成形していく。

初めて人力の”ろくろ”を見たので、

なかなか器用な人もいるもんだなーと

思ってしまった。


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絵付け専門スタッフは神経を集中しているため、脇目も振らず皿に向き合っている。たくさんの絵の具があって楽しそうだ。


今日周ったこのエリアの名前、ギョレメとは「見てはならないもの」という意味だそうだ。


何故そんな名前が付いているのか知らないが、現代の我々からしてみれば、見所ばかりの場所であった。


次回のブログにも、もう少しここについての事を書きます!