一歩、世界に近づくブログ -10ページ目

一歩、世界に近づくブログ

どんな国へも、まずは興味から!

言葉や食べ物やその他の文化など、
自分が直接触れた「面白い!」と思った
”外国に関わること”を、力を抜いて書いていきます。

1記事あたり、約2分で読めます!

↓サイドバーから、気になる国をご覧ください!

{26F85973-7319-43B2-B164-B43589C362BC:01}

本日の宿、休みなく27㎞歩いて汗と砂にまみれてるのに、なんとシャワーが水しか出ない。

僕の前に入ったイタリア人の若者も、ふるえながらスグにシャワー室から出て来たし、同室のイタリア人ダリオは「こんな寒いのに水しか出ないから、俺はアタマ洗うの止めたよ」と言っていたし、数日前に知り合った21歳の日本人トモ君は「もしかしたらシャワーのホットとコールドが逆になってるのかもと思ってレバーを反対側にしたらもっと冷たい水が出てきて、その瞬間に諦めました」と言っていた。

真夏の東南アジアじゃあるまいし、この季節の水シャワーはきつい。

昼間、スペイン人の肝っ玉母ちゃんテレサが非常に慣れた手つきでトマトや玉ねぎをカットしてサラダを作るので、僕と妻はあんぐりしてその手さばきに見とれていたら、彼女に「あんたたち中庭においで。私らと一緒に飲むよ!」と、なぜか半ば強引に誘われた。

テレサとその夫ヘスス、そして彼らの友人(名前忘れた)の3人の迫力に押され、小さくなってしばらく一緒に飲んでいたが、僕らはATMに行かねばならないので席を外すと、なぜか「晩もここにおいで。一緒に食べるよ!」と半ば強引に誘われた。

お誘いは素直に嬉しいので、そのお礼にと晩御飯用にと料理を三品作っていると、テレサがキッチンにやって来て、「あんたたち、何やってんだい。頑張りすぎだよ。笑」と言われた。

テレサは『天空の城ラピュタ』に出てくる、ドーラおばさんみたいな人。さすがに映画のように「40秒で支度しな!」とは言われなかったけど。雰囲気はガサツだが優しいおばちゃんだ。

彼らはワインをすこぶるたくさん飲む。
当然酒に強いスペイン人だって酔ってくる。

テレサは「私が町で若い男の子を見かけて、かわいい子だねぇ、って眺めてると、この旦那はシュンとしてやがんのさ。で、今度は逆に旦那が町でカワイイ女の子を眺めてるときは、私は旦那の頭をバシッとはたいてやんのさ!ギャハハハ‼︎」とか言いながら、どんどんチーズやサラミが皿の上から消えていく。

ヘススの方はワインを入れる用の皮袋を持参しており、僕に向かって「おい、ワインはグラスで飲むものか?それとも袋で飲むものか?」と聞いてきて、「…ふ、袋です」と答えると満足そうにワイン袋をこちらに寄越してくる。

{D2001CBD-B2B0-4CE6-AC66-FAEF9288FD27:01}
↑ワイン袋の正しい飲み方を教えてくれるヘスス


そしてテレサもヘススも妙に静かになったなあ、と思ってチラリと見ると、真剣なカオして新品のワインを瓶からそのワイン袋に入れ替えている。

{344A522E-E4B6-4170-A0CD-C8A4EE032169:01}
↑中世の巡礼者コスプレをしたお姉ちゃんと写真を撮ってご満悦のヘスス


テレサと言えばマリア・テレサ、ヘススと言えばスペイン語でイエス(キリスト)の事だ。
名前だけじゃなく、こりゃあ、タイヘンな人に気に入られてしまったぞ。

続く。

本日
ベルシアノス・デル・リアル・カミーノ~マンシージャ・デ・ラス・ムラス
(スタート地点から451㎞)

大都市レオンに着くまで、宿泊費、食費など合わせて現金が二人分で29ユーロ(約4000円)しかない。レオンまではあと3日はかかる。 

いくら物価が安いとはいえ、これでは正直足りないのに、ATMがなかなか無い!正直、心細い状況だ。どこかでおろさねば。

教会と一軒のバル以外何もない村、サン・ファン・デ・オルテガでペンダントの件を教えてくれたカナダのおばちゃん、べブリーに道で会った。
65歳を越えているのに常にハイテンションでパワフルな女性だ。
彼女はハワイで日本由来の「レイキ」というヒーリングを学んだというが、その効果だろうか、プラスのエネルギーが全身から出ているような人だ。


その後、カスティージャ・イ・レオン州の一部、レオン県に入った。大都市レオンを擁する県だ。

この県に入って最初の大きな町、サハグンで15分だけ休憩。甘いスイーツ系のパンが有名なのか、美味しそうにショーケースに並んでいるので注文。店員も感じよく、ホントに美味しい。

僕らのテーブルの隣にはアジア系の巡礼者3人組がいたのでどこから来たのか聞いてみたら、韓国、オーストラリア、台湾だという。台湾からのペレグリーノ(巡礼者)は珍しい。

サハグンは近くに石切り場が無かったことから、レンガや土で造った教会が有名で、その代表格、ティルソ教会に行ってみた。係員の女性も詳しく教えてくれて親切だった。この町は素晴らしい門も残っており、巡礼者でなくとも見所はあるだろう。


町を出て、先に進むと、向こうから鈴の音とともに何かの大群が。
しばらく立ちすくんでいると、なんと、ひつじの大群。羊飼いが犬と一緒に何百匹もの羊を移動させている。

ハンパない数だ。
ちょっと数えてみよう。

ひつじが一匹。
ひつじが二匹。
ひつじが三匹。

{7A6409D5-C130-4F42-B3DE-DBF479A7D33B:01}

{964E2BCE-E26A-4FDB-819C-692B581849D0:01}

ひつじがよんひき。
ひつじが…
Zzzz…

し、しまった!
寝てしまった‼︎
こんなシチュエーション、
なかなか無いから…

いや、冗談はさておき、
羊の数自体は本当に冗談みたいなものだった。妻は首をひねるが、僕は1000頭はいたんじゃないかと思っている。かなりの迫力だった。


今日の目的地の村に着いたが、Wi-Fiはバルでしか繋がらないとのこと。そこで、しばらくバルに居たら、ブラジルからこの道を歩きに来た陽気な親娘、ジョルジとソフィアが食事をしに来た。

10代後半くらいのソフィアと、コロコロとした体格の50代くらいのジョルジ。
娘は年ごろなのに、父親といつも一緒にいて、仲のよい素敵な親娘って感じの2人だ。

そんな2人に対し、妻が「聴きたかったことがある」といい、良い機会なので質問してみた。

「ジョルジはブラジル出身なのに、いつもソフィアと話すとき、英語だよね。ブラジルってポルトガル語なのに、なんでポルトガル語じゃなくて英語で話してるの?」というものだ。

そうすると、ジョルジから、意外な言葉が返ってきた。

「だって、ソフィアはドイツから来てるからさ!彼女はスペイン語もポルトガル語も分からないから、僕らは英語で話してる」

…はぁ?どゆこと?

なんと実は、2人は親子ではなかったのだ。

完全に親娘かと思うほどいつも一緒にいるので勘違いしていたが、2人は他人で、この道で知り合って、行動を共にしているのだという。

それがどこまでの仲か知らないが、まぁ、いろんなカタチがあるんだなぁと一歩オトナになった気がした。

{2873812C-54A6-4E44-8EA4-023EA86E65E0:01}

{BACB0F1C-213F-4787-9394-A7A547052C9E:01}

ジョルジ、すごいな。

続く。

本日
テラディージョス・デ・ロス・テンプラリオス~ベルシアノス・デル・リアル・カミーノ
(スタート地点から424㎞)

昨日の一件で顔と名前が知れたのか、我々に声を掛けてくる人が増えてきた。
名前までは覚えてもらえなくとも、せめてどこの国の人間なのかくらいは知ってもらえたのなら幸いだ。

それにしても、ブルゴスを過ぎてから、この道経験者からの噂通り、景色の変わらない大平原を毎日毎日歩いている。

僕のように誰かと歩いている人はいいが、一人で歩いている人は何を考えているのだろうか。

失恋したり離婚したりして何も考えたくない人がヒタスラ歩きに来ることもあるようだが、なるほど、ピッタリかもしれない。

しかし、それにしても、今日妻が急にオール阪神巨人師匠のマネをやりだしたのは驚いた。

「オール阪神巨人って2人いるけど、それはどっちのマネなの?」と聞くと「分かんない」とのこと。あまりにも平坦な道は人間の思考能力を低下させるようだ。

ほかにも、昨日泊まった町でシスターのステファニアとジャコビの名前に漢字を付けてあげたのを思い出したようで、日本で女性の名前に子とよく付けるけど、なんで子が付くの?どんな意味?と聞かれたのでその話や、英単語earthのウラ話などの話をした。

{B8554D95-C036-4200-BCEE-CABB03D23033:01}

{B1F87C1D-24F6-4DDE-96CC-67F393AB35D9:01}

{A5B20090-86CF-4C38-89EA-CEC2A8413CA9:01}

今夜の宿泊地、テラディージョス・デ・ロス・テンプラリオスに到着。この村は、エルサレムの警護のために組織された、あのテンプル騎士団が支配していた場所で、村の名前にそれが残っている。

今日の宿には洗濯スペースが無く、なんと井戸水で洗濯。人生初。やれば出来るもんだ。

{3C2C7E89-A7CC-4F6D-BD87-36507DC8B38C:01}

それに、人口90人の小さな村で飲食店が無い。そこで、晩飯はあらかじめ買っておいたキウイだけにした。物足りないが仕方がない。 


食べながら、そばで日記を書いていたイタリア人女性と次のような話しをした。

「私はイタリアから来たんだけど、やっぱり、スペイン語を勉強しなきゃと思ってるの。この道を歩く皆は、英語をなんとか話してるけど、やっぱり英語が母国語じゃない人達は訛ってるし、分かりにくいからね。コミュニケーションのためにね。
あなたは奥さんと歩いてるから、いろんな話ができて楽しそうね。」

「まあね。でも他にもイタリア人たくさん歩いてるじゃん。話し相手はいるでしょ」

「今はね。でも最初は1人ぼっちだったわよ。
実は。イタリアに帰ったら仕事も探さなきゃいけないし、それに関しては、あーあって感じ。私サルディニア出身なんだけど、まぁ、田舎だしね。」

「へえ、そうなんだ?俺はサルディニア島って勝手にリゾート地みたいなイメージしてたけど違うんだ?イビサ島みたいな。」

「あんな感じではないわ。…素朴な所よ。でも、私にとっては最高の場所だけどね!」
 

この道はいろんな人が歩いている。

失恋した人、離婚した人、新婚の人、病気の人、脚が不自由な人、片腕がない人、宗教に興味がある人、無職の人、定年退職した人、世界一周の練習で来てる人、誰かのために歩く人、奇跡を得たい人、神を感じたい人…

その全てを受け入れる道、それがこの道、深い道だ。

本日
カリオン・デ・ロス・コンデス~テラディージョス・デ・ロス・テンプラリオス
(スタート地点から421.2㎞)

試練の時は、こうして始まった…


シスター(修道女)や修道院で有名なこの村、カリオン・デ・ロス・コンデス。

アルベルゲ(巡礼者用の宿)もこの村では修道院に付属しており、17時半のお祈りの後、18時からアルベルゲ内でシスター達によるギターと美しい歌声を聴ける催しがあるとの事で行ってみた。

{DD32D20F-4EBA-4B1C-B34E-002C6DC8329E:01}

彼女らの歌声を聴こうと、巡礼者たちは40人ほども集まったが、歌が終わったあと、シスターがおもむろに「では、これから皆さんに、名前、出身、そして、この道を歩いている理由を述べてもらいます」と言ってきた。

げげっ。
こんなのやるのか!

ちゃんと英語話せないし、これは恥ずかしいな、と思いつつも、徐々に順番は進む。

…へえ、南アフリカや、イギリスや、リトアニアなどからも来てるのか。皆、さすが英語がうまいなー。

…へえ、この隣に座ってるベルギー人のハンサムは、敬虔なカトリックだった祖母を亡くして、彼女のために歩いてるのか、感心だな。

…エッ?隣のベルギー人?
もう隣まで来てるの?順番!
やばい。

僕らはなんとか、名前、出身、そして、ハネムーンでこの道に来ていることを伝えた。

シスター達がニコニコしている。他の人たちも微笑んでいる。やはり、そういう理由で歩く人間は珍しく、それが日本人だと尚更のようで、あちこちからワオ!と言う声が聞こえてくる。


自己紹介がひと通り終わり、またシスターの歌を挟んでから、さらなる試練が。

なんと、「この場にはいろんな国の人がいるから、幾つかの国の人には、自分の国の歌を歌ってもらいましょうか」なんていうのだ。

なんだそりゃ!
やばいよ。

“ここにいるのが珍しい国ランキング上位”の日本はやばいよ。
当てられるよ。
ホラ、向こうで、シスターがハポン(日本)ってつぶやいたのが聞こえたよ。
ドキドキ。

「そうねえ…では、ハポン」

キタァー!
ほら、やっぱり来てしまった。

こうなる事態を予測していた妻が『上を向いて歩こう』を提案してくれたため、それを即採用し、さらに戦力として、会場の隅にいたもう1人の日本人、元美容師のトモ君も呼び寄せた。

その後、3人で約40人の外国人の前で『上を向いて歩こう』を歌った。
3人ともリアルタイムでこの歌を知らない上に、オンチで有名な僕としては、まさに信じらない状況で、無我夢中だった。

終了後、会場から拍手をもらったときは、なんだか脱力し、意味不明なニヤニヤ笑いをしてしまう始末だった。

全員で合唱もした。
世界中の人が知ってるようなポピュラーソングだ。それを世界中の人と、そして神に仕えるシスターと手を叩いて歌った。合唱なんて、いつぶりだろうか。
シスターが手を叩いて歌うなんて、映画の中だけの話じゃなかったんだ(映画『天使にラブソングを』参照)。

あまりの平和的な空気に、こっぱずかしさすら感じるその場の雰囲気に、なぜか僕は泣きそうになってしまった。


その後、再度となりの修道院へ。

通常のミサの最後に、巡礼者だけ祭壇の前に呼ばれ、国ごとの名前を呼ばれた。

僕は、この、巡礼者を特別に扱ってくれる時間が好きだ。神父さんがいったい何を言っているかは分からない。でも、いろんな国から集い、同じ場所を目指す巡礼者が一堂に会すという、独特な時空が生まれるのが好きなのだ。


晩飯は、この宿の決まりで皆で作ってシェア。狭いキッチンながら、我々日本人3人は韓国人2人と協力して、お好み焼きとチヂミを作った。材料が似てるから助かる!

{24BC83BB-4F08-404E-BB03-7A71F8B72A60:01}

お好み焼きは大好評だった。
アメイジング!だとか、この料理の名前は何?とか、私にも味見させてよ、のような感じで、作った我々の分はカケラも残らなかった。

その後、今回の旅のきっかけになった、僕の秩父の御朱印帳を見たシスターが、漢字に興味津々のようす。
「わたしに漢字で何か書いてくれないかしら」というので、「じゃあ、筆ペンであなたの名前を書いてあげますよ」と言うと、大喜び。

彼女の名前ステファニアを素手風安仁亜、そばにいた別のシスター、ジャコビに慈弥古美と書いて渡すと、まるで好きな歌手からサイン色紙をもらった少女みたいに、はしゃぎまくっている。

ステファニアに至っては、興奮しすぎて、彼女の母語のギリシャ語で「エフハリストー!…あっ、私ったらつい母国語が!」という有様。
いつもおしとやかなシスターという存在が取り乱すの、初めて見た…

シガーニー・ウィーバー似のシスターリーダーがそんな風景を優しく見守っていたので、「今日はいろいろありがとう」とスペイン語で伝えると、手を差し出してくれた。

前にも書いたが、僕はキリスト教徒ではない。ただ興味があってこの道に来ただけだ。でも、彼らの宗教がより身近になった。そんな1日だった。

本日
フロミスタ~カリオン・デ・ロス・コンデス

巡礼路を示す「ホタテ貝」をイメージした青地に黄のマーク。道沿いには通常1つずつ置かれている。しかし、今日の道には何故か、2個、4個、そして11個…❗️
いったい、どうしちまったんだ。
ヤケになったのか?

{28D525F2-B376-4939-83F2-F46FE755E374:01}

{E704C423-8016-4FD2-AB67-9EFE5D123FAB:01}
↑こんなになくても分かる。


レベンガ・デ・カンポスという村の教会にて。なぜか映画『スターウォーズ』の「ジェダイの騎士」そっくりの絵を発見!これは、オビ=ワン=ケノービか?

しかし、1909年に出来た教会になぜ!
今年新作が上映されるのと何か関係が?
フォースを感じる。
{FF75BB23-84E2-4B1F-A805-263B41E07AF2:01}

さて、その次の村、トイレのために立ち寄ったアルベルゲでのこと。

開放的な庭がとてもステキだった。
ハンモックに揺られる者、ピンポンをやるもの、水を飲んで休む者、そして、朝っぱらからベンチでブチューッとやってるカップルも…。ケシカランですな。

すると、どこからか、5羽のガチョウが群れになって現れ、一列になって芝生を横切り、そのイチャイチャカップル2人の正面まで行った。
そしてそこで、ガァガァガァガァ!ガァガァガァガァ!と、まるで「アンタら何やっとるんや、離れろや」とでも言うように鳴きまくった。

{8DC13F11-AD99-4EA5-9CA8-98A751B5C512:01}

呆気にとられた2人は素に戻り、ブチューを解いた。

こうして、庭のパトロールを終えたガチョウ隊は、また列をなして去って行った。

{09944560-3E0D-495F-8CF9-6E40D3337499:01}
↑仕事を終え休息するパトロール隊。


その次に経過した村は、ヴィジャルカサル・デ・シルガ。
その教会前で、フランスのトゥールーズ出身のクインシーと名乗るおじさんに「ふむ。ジャポンか。フクシマは大丈夫か?」と聞かれた。
この巡礼路に入る前、いつかフランスのルルドで会ったおじいさんにも同様の事を聞かれた。改めてあの震災の巨大さを知る。

道沿いになっているブドウを食べてしまうイタリア人マリオと、その妻マリアにも久々に会った。マリアは「チャオ~!チャオチャオチャオ~‼︎」と言いながら、あの頬と頬をお互いに合わせるヨーロッパ独特の挨拶をしてくる。俺これ恥ずかしくてニガテなんだよな…

また、車道沿いを歩いていると、自転車巡礼者らしきメキシコ人の親娘に、「おぉ!ハポン(日本)から来たのか?ブエンカミーノ!君たちの写真、撮っていいか?」と聞かれ、望み通りにしてあげた。まだまだ日本からの巡礼者は珍しいようだ。

そんなこんなで、ようやく着いたカリオン・デ・ロス・コンデスの村。今日の目的地だ。
この、シスター(修道女)で有名な村で、我々に試練が待ち受けているとは、この時は思いもしなかった…

続く。
{B2755527-E0F3-48ED-A5BF-E41AAAAAC2E0:01}

{F72C197B-D00F-4BE7-B79C-269D1E8C63A1:01}

この道を、夫婦で、新婚旅行として歩くことにして、本当に良かったと思う。

観光地巡りではなく「ただひらすらに1000年の歴史ある道を歩く」という新婚旅行は珍しいし、ヘンだし、自分なら絶対ヤダ、という人もいるかもしれない。

でも、1ミリでも興味がある人には全力でオススメしたい。
というのも、一緒に歩く相手のことを深く知れる、良い機会でもあるからだ。

昨日の宿での一件のように、こういうことで腹が立つのかとか、疲れている時はこういう態度になるのかとか、逆にこちらが元気が無い時はこうして励ましてくれるのかとか、意外とこういう食べ物が好きなんだとか、家族のことをこんなに愛しているのかだとか、その他、日本での普段の生活では気付きにくいことも知ることが出来る。

6年前に僕がイスタンブールで知り合った広島の新婚夫婦も、あの後、2人でこの道を歩いたということだが、彼らにとっても有意義な時間になったという。


さて、本日、山の麓に細長く広がる町、カストロヘリスを発ち、橋を渡って登った丘は、絶景のパノラマが広がり、こんな道を歩いてきたのかと改めてしみじみ感じさせるものだった。

歩きながら景色を眺め、たまに写真を撮る。
あんまりあちこちでゆっくりしていては、その日の目的地の村や町に着くのが遅れてしまう。

毎朝、宿を早く出て、その日の目的地に早く到着すると、3つのメリットがある。

1 , その日の宿をゆっくり探す安心感が得られる
2 ,巡礼者用の宿の二段ベッドの、下のベッドを確保できる(上はいろいろと使いにくい)
3 ,シエスタ時間前に教会や買物に行ける

遅めに到着すると、やるべきことが後手後手にまわり、意外とタイムスケジュールが組みにくくなるのだ。

道もそろそろ折り返し。
時間をムダにせず進みたい。
…というワケで、今日は早めに目的地フロミスタに到着し、有名な教会に入ると、先日別れた日本人のイイダさんと再会。

教会の中で再会を喜びあっていると、知らず知らずに我々の声は大きくなってしまったようだ。

そうしたら突然、祭壇の方から

ガガーッ‼︎‼︎‼︎

っと大きな音がして、腰が抜けそうになった。

なにかの拍子で祭壇のミサ用のマイクの電源が入ったのだと思われるが、いやはや、神の怒りが落ちたのかと思った。

{2CD816D6-9F56-4C1E-8629-30C219FA3C5B:01}

{B8946C97-E5E1-40D2-901E-B4F0C1895AE8:01}

{7F9947E8-C764-439B-8585-5CC3D30BD664:01}

ところで、健脚のイイダさんは、精神的なフットワークも軽い。
彼について行って、巡礼宿の庭のパーティへ少しだけ飛び入り参加。初対面のデンマーク人が赤ワインを振舞ってくれた。
昨日、僕がレストランで飲んでいたスープを見て「あなた、それ美味しそうね!私もそれ頼もうかな」と言っていたオードリー・ヘップバーン似の美人もいた。

晩飯はイイダさんと3人でとることになり、
再会を祝してとワインをご馳走してくれた。

「さっきのデンマーク人の彼みたいに、この道は、親切にしてくれる感じのいい人が多いですよね。なんででしょうね。」とイイダさんに聞いてみた。

すると、キリスト教徒の彼はこう答えてくれた。
「この道は、いわゆる“聖別”されているんだ。言い換えると、神に選ばれた道ってこと。歩く人間の、善の部分を出してくれる道。だから、会う人間会う人間が、皆いい人に感じるんだと思うなぁ。きっと、道を歩き終え、皆それぞれの国に帰ると、本来の性格が出るんだろうけど、この道を歩いている間は、善の部分が出るんだ。…いやホント、1人でこんな楽しい事してていいんだろうかと、僕はカミさんに悪く思っちゃうよ」

イイダさんはこの道を歩くのに、言語や足腰のトレーニングに、3年以上の準備をしてきたという。そこまでの夢ならば、きっと奥さんも喜んでくれているのではないだろうか。


話は変わるが、妻は今回の道を歩くのに合わせ、この道のモチーフである「ホタテ貝」をかたどったピアスをしている。
それが各国の女性たちの目に止まるらしく、あなたステキなのしてるわね、とよく褒められている。
本人も嬉しそうだ。

本日
カストロヘリス~フロミスタ
(スタート地点から355.5 ㎞)
うーむ。やはりオカシイ。

朝食7時半。
テーブルに並べられたもの。
コーヒー、パン、自家製ジャム、バター、市販のミニ マドレーヌ。以上。

…おかしい。
こんだけ?

いや、ここスペインやフランスでは、がっつりと朝食を食べる習慣が無いらしいので、上記にせいぜいオレンジジュースがつくくらいで、品数やボリュームに関しては通常と変わらない。

しかし。

昨日、この宿への支払いの段階で、明日の朝食は3ユーロで、こういう内容だと見せてもらった写真にはサラダとトルティージャ(スペイン風オムレツ)が載っていたはずだ。

しかも、念押しで妻がトルティージャは出るかどうか尋ね、「Si.(出るわよ)」と言っていたはずだ。

なのに、今、テーブルの上にはそれがない。
何回見ても、コーヒー、パン、自家製ジャム、バター、市販のミニ マドレーヌ。以上。

「これは一種の詐欺や!」
妻は怒った。

「今朝の朝食代は既に昨日3ユーロ払った。そして昨日の夕食は寄付制だったけど、2人で10ユーロ払った。夕食に何故かトルティージャが出てきた時に不思議に思ったけど、朝は朝で何か用意があるのかと思いきや、トルティージャは出ず、たったこれだけ!確認したのに!」というワケだ。

僕は昨晩あれだけトルティージャを食べたので今更もう要らないという心境なのだが、彼女は話と違うことに憤慨していた。


しかも僕は、朝起きたら、左手に四ヶ所も虫に刺されていた。
アレ?この宿、虫対策した宿では無かったっけ?あれは南京虫とダニだけなのか?

居ればいるだけ腹が立つ、とのことで、宿のおかみさんにまた雷を落とされる前に、いや、おかみさんVS妻の決着の付かないバトルが始まる前に、早々に宿をあとにした。

{EF0702DC-CA46-4DE2-8A8A-E5489264650B:01}

歩き出してしばらくして、オルニージョス・デ・カミーノを経由。ベロラドで一緒に晩ご飯を食べたイタリア人のおばさんに会った。

彼女はマメの治療をしたらしく、足を引きずって歩いている。ずいぶん大変そうだ。
ヘタに励ますよりもと、僕は彼女に飴をあげた。グラッツェ、グラッツェと何度も言っていた。今日はオンタナスまで頑張るらしい。

{FC558084-D9C2-4221-84AD-B3F2C589C3F1:01}

サンボルの村の手前では、スイスから来た、犬連れの女の子二人組に久々に会った。ロンセスバージェス以来だから、かなり久々だ。
2匹の犬、ボビーとカイラもまだ僕らを覚えていたようで、ペロペロ舐めてきた。
こうして道の仲間と再会すると、なんだか嬉しい。

次の、広大な平原の先にある、擂り鉢状に広がるオンタナスの町まで、かなり歩いた。

オタンコナス。
ドンタコス。

出発から4時間、ひたすら歩き続け、そんな言葉が頭をよぎるころ、ようやくオンタナス出現。感動。

「町だ!」

オンタナスでは、バルで自家製のハンバーガーを食べた。ハンバーガーって、こんなに美味かったっけ?生き返った…。


通りかかった、サン・アントン教会遺跡。
{06C88059-ECF4-40A1-958E-5F749737EA5C:01}

{8206451D-E9DE-409A-B0E9-E460776ABD95:01}

{612527E3-71FB-4442-B8E2-F16E26CED3B8:01}

なんと、この遺跡には泊まれるらしい。
しかし、ホットシャワー無し、灯りはキャンドルのみだとか。今から13年前くらいに手を加えて泊まれるようにしたらしい。ステキな雰囲気だ。

{39A1DC9E-C877-47DC-83C9-B915B47413B2:01}

{1A7B9C76-D451-4633-8F83-C94378260B12:01}

カストロヘリスに到着し、アルベルゲ(巡礼者用の宿)のダイニングにいたら、オスピタレイロ(宿の世話人)のホセルイスとファンの2人がそばで晩酌(晩飯?)を始めた。

彼らに悪いので去ろうとしたら、いや、一緒にやろうとコップを出してきて乾杯。
それぞれの出身やカミーノ(この道)歴などを話した。

「このソーセージは、サルシチョン?」
「いや、これはロンガニーサというんだ。チーズも食うか?もっとワイン飲め」
2人はボランティアで、世話人は一週間だけらしいが、自分の家のように赤くなった顔でくつろぎ、もてなしてくれた。

日本の熊野古道の話、イチジクの話、そして最後、四人で写真を撮っていたら、下からチェコ人が上がってきて、「なんか賑やかだけど…もっとワインいる?」と聞いてきたので、丁重に御断りした。

消灯寸前まで、おもてなし、ありがとう。

本日
ラベ・デ・カルサダス~カストロヘリス
今日は迷った。オルニージョス・デル・カミーノに行くべきか、手前のラベ・デ・カルサダスまでで止めておくべきか。

オルニージョス・デル・カミーノまで行けば本来のスケジュールに遅れをとらず進める。ただ、昨日ブルゴスのアルベルゲ(巡礼者用の宿)は満員だったので、おそらく、ブルゴスにいた巡礼者のうちほぼ全員が移動し、今夜はオルニージョス・デル・カミーノに泊まると予想される。

しかしながら、今日僕らはブルゴスからのスタートが遅れたので、オルニージョス・デル・カミーノに着いたところで、また「満員」と言われる可能性がある。

すると、先に進むしかないが、その場合は更に10㎞先まで町はなく、少々脚元が不安だ。なので、あえて少し手前のラベ・デ・カルサダスで留まることにした。

{8E50D665-11E7-4FB4-8C30-AB82B593EA9C:01}

{3EE3D3AF-2A0F-4DAE-8E94-39BA56AA84D4:01}

{728A6831-1540-411F-9FCC-4D5A69F5E701:01}

{6BB019CD-9ADC-42A2-BD9C-A6BF09EC37DA:01}

ラベ・デ・カルサダスに到着。

しかし、この村ラベ・デ・カルサダスで泊まることにした宿がすごかった。

なんと、下記のような決まりがあるのだ。

・ケータイの充電は禁止。(ここは休む場所であり、充電をする場所ではないから、らしい)
・ベッドの上には、寝袋以外は置かないこと。(南京虫、ダニ対策らしい)
・バックパックは宿が用意した袋に入れたままにすること。(南京虫、ダニ対策)
・服類も全て、用意された別の袋に入れること。(南京虫、ダニ対策)
・つまり、部屋には寝袋以外のものを置かないこと。(まじかよ!)

かなり使いづらい!
くつろげない!
しかし、決まりだから、仕方がない。

洗濯後、妻が昼寝をしていると、宿のおかみさんに「昼間から寝てると、夜に眠れなくなるわよ」と言われていた。いやはや、シエスタ文化で毎日ヒルネしているスペイン人に言われるとは、心外だ。

行動はチェックされているらしく、僕らが正しい行動をしている限りは、おかみさんは「ウフフフ」と笑っている。そうでない場合は、すぐに注意されることになる。

夕食は19時。
しかし、時間前に呼びに来る。

赤ワイン、水、ショートパスタのスープ、サラダ、半円サイズの巨大トルティージャ(スペイン風オムレツ)、ヨーグルト、フルーツ。
まるで朝ごはんのような内容だが、明日の朝ごはんにもトルティージャが出るんじゃなかったっけ?たしか、チェックイン時に説明された紙にそんな写真が載っていたが。

「食べることは大事よ。食べ物は車のオイルのようなもの。でも、お酒はたまに、もしくは、特別な日だけにするべき。」ということで、宿のおかみさんは、僕が勧めたワインを5㎜(!)くらいしか飲んでくれなかった。

宿のおかみさんは続けた。
「私は、死んだあと、より高い空に行きたいの。明日のことは、誰にも分からない。だから、今を大事にしたい。」

そして翌朝、妻が怒った。

続く。

本日
ブルゴス~ラベ・デ・カルサダス
(スタート地点から303.8㎞)
教会と一軒のバル以外、何にも無い村、サン・ファン・デ・オルテガを出て、ようやく大都会ブルゴス近郊に到着。

空港の外側を回り込み、あとは街ナカに入って、アルベルゲを探し出すだけだ。

なのに、なぜか、急に道順を示す黄色い矢印を見失った。矢印がない場合は巡礼路を示すホタテ貝のマークがあるものだが、それもない。

田舎の村や小さな町ならなんとなく向かうべき方向が分かるが、大都市となるとほとんど検討がつかない。もうブルゴスの街ナカはすぐ近くのはずなのに。
どうやら、どこかで道を間違えたようだ。

なんだかよく分からない郊外チックな場所を延々歩き、人に道を尋ねるも、地図が無いので自分たちが今どこにいるのか分からない。
これが日本ならばスマホで地図が分かるがそれも出来ない。

精根尽き果て、バルに倒れこむように入り、タパスを頼みながら店員に道を聞くと、店員だけでなくカウンターにいた常連のおじさんたちが皆して教えてくれる。いかんせんスペイン語のみなので完全には分からないが、街の中心に近付いてきてることは分かった。

なんとかセントロ(中心)に着き、見知った巡礼者たちにも会い、アルベルゲ(巡礼者用の宿)の場所を聞き、チェックインしにいくも…

なんと満員!150名ほど泊まれるはずのアルベルゲが、まさかの満員‼︎
こうなりゃ仕方がないと、一般の観光客も宿泊する安価なオスタルやホテルを訪ねるも、どこも満室!大都市おそるべし。

どうすべか…
もはや脚は限界だ。

そんな中、偶然、バル街の中にアパートホテルなるものを発見!2人で70ユーロとアルベルゲに比べると随分高いが、宿無しは避けたいので、ここに泊まることにした。あぁホッとした。

この街ブルゴスには世界遺産の大聖堂があり、そこだけは観に行った。
今回の旅で印象的な、ルルドやロス・アルコスの教会とはまた異なる、本当に素晴らしい大聖堂だった。

{7CF2DC74-2FB1-4CDD-8FDC-A57FD98B2C6A:01}

{757ECFBB-7B69-40B7-8F74-0FBE1B06EA44:01}

{8060E1FD-5CA9-46D4-A09B-E5B55F15472F:01}

{E40C8EDE-3C46-4A5C-8F7A-8EC4BB5303AB:01}

{DA09B3D1-3AD5-4015-9C90-09E826655B92:01}

さて、今日は土曜日、ここスペインも日本同様、夜の飲み屋街は大賑わい。

{D9C82ADB-8DFB-4BD1-B19C-EE7DA2350472:01}

飲み屋街のど真ん中のアパートホテルから出た僕らは晩飯としてバル三軒ハシゴし、久しぶりの布団に倒れこんだ。

しばらく熟睡できてなかったので安眠‼︎

本日
サン・ファン・デ・オルテガ~ブルゴス
(スタート地点から292㎞)

今日の目的地、サン・ファン・デ・オルテガのアルベルゲ(巡礼者用の宿)は一軒のみ。
ベッド数は68。

もし、そこに洩れると7倍の料金を払ってオスタル(簡易ホテル)泊まりしか手段は無い。
…7倍の料金はバカバカしいし、この宿で長い年月、振舞われてきたソパ・デ・アホ(ニンニクスープ)は有名だ。俺たち夫婦は先着68人の中に入り、ニンニクスープを飲むぞ!
早く村に着かないとベッドが埋まってしまう!

そしてようやく着いた。
しかし、なんと5人目だった。
まだほとんどの人が着いてない。
というか、もしかして次の町に向かった…?
皆、スープ要らないの?

しばらくくつろいでいたら、先日ログローニョで一緒だったフランス人グループや、日本人の飯田さん、アツコさん、ベロラドで一緒だったアイルランド出身のメアリーとメアリーのコンビ、パンプローナからの親切なおばさん、スーツとハットで歩いてる謎の若者、ウルグアイ人、大量荷物の韓国人など、見知った顔が到着し始めた。ホッ。

{1C43FEC1-AF89-46FA-94D5-B8E9064FA3EB:01}

{CB9F0DA4-A5D7-4F70-AFFB-F9EB371BB853:01}

しかしこの村、教会とバルが一軒あるだけ。

しかも、Wi-Fiが繋がらないから、ケータイをいじることもできない。
誰も彼もが皆ヒマそうで、誰かと話する以外、やることがない。

18時3分、ついに68ベッドがコンプレート(満員)。さらに、直後に2人が到着し、必死の交渉の末、床に寝かせてもらうことになったようだ。


タイダイ染めのスウェットを着たカナダ人のおばさんが、「ミサには行った?ミサ後、この十字架のネックレスを貰えたのよ」と言った。
妻は欲しがったが、僕らはミサの時間を勘違いしていて、すでにミサは終わっていた。

ただ、行くだけ行ってみようと、先ほど知り合った日本人、アツコさんと3人で教会に行くと扉が開き、しかもたまたま神父さんがいて、ネックレスを首にかけてくれた。
彼はすぐに居なくなり、僕はこの偶然に感謝した。

教会の右側には、蝋燭を備える場所があり、僕らは家族や親戚、友人たちの安産を祈り、蝋燭を備えた。

{A2CB1D4E-F2EE-4EC8-B7C0-D7DCC3A7FD3F:01}

ネックレスを携えて宿に帰ると、カナダ人のおばさんは、あなたは、ラッキーボーイね!と抱き締めてくれた。

現在、20:30過ぎ。いつもは消灯の22時まで、いやそれを過ぎてもガヤガヤしている巡礼宿という場所だが、やる事がない今日は皆、寝袋に潜り込み、既にイビキをかいている者もいる。
我々も寝ることにしよう。

本日
ベロラド~サン・ファン・デ・オルテガ