ケイミへの3つの恋のお題:朝になった、夢じゃなかった/眠りにつく前に/過去は過去、未来は未来 http://t.co/iwRk56HZkF
眠りにつく前、声が聞きたいと願う。
いつものあのさらりとしたシルクのような声で、彼が付けてくれた名前を呼んで欲しい。
でも今晩は我慢だ。
そう思って無理矢理眠ったせいか、とてもとても怖い夢を見てしまった。
「っ!!!!!????」
暗闇の中、ぽっかりと目を開けて、呆然と天井を見上げる。
見覚えのある天井。でも夢の中でもこの天井を見上げていた。床に転がって、脇腹をハイヒールの爪先で蹴られながら。
「や、やだ…」
どちらが現実なのか分からなくなる。
あの暴力の毎日が現実で、ケイやマオと過ごした柔らかい毎日が夢なのかもしれない。だって、現にいつもそんな暖かな場所の夢を見ていた。
もつれる足でベッドを抜け出し、よろけながらケイの寝室へと向かった。
見覚えのある内装。
見覚えのない内装。
どちらだろう。どちらなんだろう。
どちらが夢で、どちらが現実?
寝室の前まで辿り着いて、はたと足を止めた。
もし、もし夢なら。
此処で眠っているのは誰なのだろう。
あの悪魔のような女だったら、どうしよう。
ドアノブを掴んだ手がカタカタと震える。
こくん、と鳴らした喉の音が響いた気がして、胸の前でぎゅっと手を握った。
あとから考えれば、起き抜けたベッドにはマオが居た筈だし、あの女が居た時とは同じ部屋でも間取りが違うのだから、どちらが夢かなんて事は簡単に気付けた。
けれどこの時の私にそれはとても難しい。
確かめるのが怖い。
ノブから手を離して、一歩後ずさる。
夢から覚める瞬間を自分の手で招き寄せるだなんて、そんな真似ー
そうして逡巡していたその時、がちゃりとドアノブが動いた。
そして。
「…何をしてるんだ?」
そこに立っていたのはあの女なんかではなく。
「ケイ……!!」
彼の名前を呼んで、勢いのままその胸に飛び込んだ。
ぎゅうぎゅう抱きつくと、ケイは驚いたように私の名前を呼んだ。
それに応えられずにただ抱きついていると、ぽん、と頭の上に手が乗った。
「怖い夢でも見たか?」
淡々としているのに、何故だか冷たくは感じない声。不思議。
こくんと頷くと、「そうか」という言葉が降ってきた。
「何か飲むか?」
今度は首を横に。
今は一秒も離れたく無かった。
「ミ、ミィは、ミィだよ、ね?」
ぎゅうっと抱きついて、自分でも意味の分からない事を問う。
しかしケイは何かを察したように、
「そうだ。お前はミィファだ」
そう断言するものだから、じんわりと滲んできた涙を、ケイのお腹で拭いた。
どのくらいそうしていたのか、不意にくしゃみをすると、ふわりと抱き上げられてしまった。
「風邪を引いたら事だからな」
ぎゅっと首に抱きつくと、微かに笑われた。
優しい手付きでケイのベッドに降ろされ、それでも首から腕を外さずに居ると、「一瞬だから」と言ってケイが頭を撫でてくれる。
それに絆された事にして腕を解くと、ケイは隣に横たわり、布団を肩まで引き上げてから私の体を当たり前のように抱き寄せた。
だから、私も当たり前のようにその胸に頬を摺り寄せる。けれどケイの着ている寝巻きに阻まれて、なんだか近くない。
実感出来ない。ケイの腕の中に居るのだと。これが現実なのだと。
少し考えてから、ケイを見上げる。
すると、ぽんぽんと頭を撫でていてくれたケイは、問い返すように首を傾げた。
「パジャマ」
「パジャマ?」
「前、開ける」
確認ではなく、宣言。
ケイに止められる前にボタンを外し始めると、意外な事にケイはそのまま頭を撫でていた。
やっぱりこれ夢なのかも。
でも夢でも良いや。目が覚めたら地獄が待っていたとしても、今この瞬間は本物だ。
寝巻きの前ボタンを全て外して、露わになった胸元にぴったりと頬を当てた。
とくんとくんと聞こえてくる鼓動が愛おしい。
ケイが生きている、その証だから。
ちょっとだけ迷って、アームカバーを外した。
手首まである袖を捲って腕を出すと、それもまたケイの胸元にぴったりくっ付けた。
触り心地は悪いだろう。何せ、傷だらけでデコボコしてる。
けれどやっぱりケイは何も言わず、私の好きなようにさせてくれた。
頬と腕と、あと手のひら。
直接触れた肌はビロードのように滑らかで、だけど固い鎧のようだった。
普段からケイは鍛えてるから。
思うと、ドキドキする。
くっ付いているから、ドキドキがばれそうで、またドキドキする。
「ケイ」
確かめるように呼ぶと、応えるようにぽんぽんと頭を撫でられた。
とても、とても、心地いい。
やっぱりこれは夢に違いない。
きっと目が覚めたら、あの地獄に戻ってる。
だけど、この瞬間の幸せを得られる為なら、それでも良いように思えた。
ケイの素肌に唇を押し当てる。
跡が付けば良い。
だけど、こうやって口付けただけでは付かない事も知ってる。
でも、どうしたら跡が付くのかは知らない。
「くすぐったいぞ」
くすくす、と笑う声が聞こえて、顔を上げる。
すると目元を和らげたケイが居て、思わず身を乗り上げて、その頬に口付けた。
本当は、唇に、したかったけど。
勇気がない。意気地なし。
「ケイはミィのこと、好き?」
「嫌いではない」
「じゃあ、好き?」
「そうだな」
こつんと額を合わせて、至近距離。
吐息が絡む距離は、妙にこそばゆい。
ぺろり、と目元を舐めてみると、こらと叱られて、だから胸元へと顔を埋め直した。
「ミィはケイが好き。大好き。マオには内緒だけど、世界で一番好き。ケイが死ねって言うなら、喜んで死ぬよ」
「そんな事は言わない」
「知ってる。だから言ったの」
ぎゅっと抱きつくと、ケイも抱きしめてくれる。
もう、どちらが夢かだなんてどうでも良かった。
「寝るか?」
「…やだ……だって起きたら……」
「マオと買い物に行くんだろう?春物のコートが欲しいと言っていたじゃないか」
そう、マオとお揃いのコートが欲しい。
マオとお揃いだと、何だが嬉しいから。
「ケイは」
「ん?」
「眠ってもこうしていてくれる?」
「ああ。ミィファが望む通りにしていてやる」
「じゃあ、抱きしめていて。隙間が出来ないくらい、しっかり」
「そんな事をしたら苦しいぞ?」
「良いの。それが良いの」
言うと、ケイはしっかりと抱きしめてくれた。
苦しいくらい、しっかりと。
「おやすみなさい。ずっと傍に居てね?」
「おやすみ」
答えはない。
それは、夢だから?
ケイが恥ずかしがり屋だから?
ちゅんちゅんと鳥の鳴く声が聞こえる。
ゆるゆると目を開けると、目の前には肌色。
ぼーっとそれを見つめて、それから昨夜のやりとりを思い出した。
朝になった。でも夢じゃなかった。
私がはだけたケイの胸元はそのまま。頬をぴたりと当てると、規則正しい鼓動の音。
こちらが現実だった。
こんな確認、今まで何度しただろう。
過去は過去。今は今で、なら、未来は未来。
ケイと居れば、可能性は無限だ。
毎日が新しくて、美しくて、楽しくて、愛おしい。
ケイの事を悪く言う人達に見せてやりたい。
こんなにも、こんなにも、ケイは優しいのだと。
でも、本当は誰にも見せたくない。マオにだって。
「ん……」
身じろいだせいで、浅いケイの眠りの邪魔をしてしまったらしい。
慌てて腕の中に収まり直すと、ぎゅっと抱きしめられた。
どきん、と胸が高鳴る。
そのまま、すうすうと再び規則正しい寝息を零し始めたケイの素肌にくっ付いて、私も目を閉じた。
もう悪夢は見ない。
fin.