そんな訳で、バレンタイン当日の週末。
我が家のキッチンが、急遽お菓子作り教室へと変貌を遂げた。
「よ、宜しくお願いします…」
「お願いされまーす」
持参したエプロン(黒のシンプルーなエプロンだった、つまんない!)を首から掛けて、柚莉は心なしか居心地が悪そうにそう言った。
あ、ちなみに、柚莉は料理は得意なんだよ。ただお菓子は作ったことが無くて、特にチョコレートを何故敢えて溶かす?って感じだったから、今回お手伝いを申し出た訳です。どうせ作るなら、美味しく上手に作りたいものね。
「それで、何作ることにしたんだっけ?」
「えっと…トリュフにしようかな、と」
言いながら、携帯電話で見つけたらしいレシピを印刷した紙を渡される。
ふむふむ。確かにトリュフなら、溶かして混ぜて丸めるだけだし、初心者向きだね。流石柚莉。チョイスが冴えてる。しかもレシピも、「簡単トリュフ」を選んで来てるし…抜け目ない。
「レシピ通りに材料は買ってきたよ」
そう言って、キッチン台にエコバックから取り出した板チョコや生クリームを置いていく。ココアパウダーもばっちり。
それにしても…何でそんなに緊張してるんでしょうね、この子は。
まあ、いっか。
「よーし、じゃあ頑張ろー!」
「…ん」
こくん、と頷いた柚莉に内心可愛い可愛いと悶えつつ、私達は手を洗いに一旦キッチンを離れ、爪の間までしっかり洗ってから作業を開始した。
*
基本的にはレシピを見ながら、あとは細かい所に口を出しつつ、作業は順調に進んだ。
ふわふわと香るチョコレートの香り。
甘い、甘い、幸せの香り。
一瞬、脳裏に彼の姿が浮かぶ。
それと同時にくらりと目眩がして、咄嗟にキッチン台に手をついた。
「斗姫?」
「…何でもない。…えっと、そう、出来た?」
「……一応」
心配そうに此方を見つめる柚莉に笑顔を向けて、話を逸らす。危ない危ない。未だに彼の幻影が瞼の裏に焼き付いてる事、柚莉には内緒なんだ。
みんなも秘密だよ?
おずおずと差し出されたバットに乗ったチョコは、スプーンで上手に丸められていて、初めてにしてはかなり上出来だった。
流石、普段料理してるだけあって、手際が良いなあ。私の手伝い、要らなかったかも。
「上手に出来てる!よーし、じゃあ冷蔵庫入れて固まるの待と!」
ちょっとわざとらしかったな。テンションを上げて言うと、一瞬探るような目をした柚莉が諦めたように溜息をついてから、微笑んで頷いた。
*
ラッピングも、柚莉の方が何万倍も上手だった。最終的には、私は横で見てるだけ…うーん。
「出来た…!」
ほ、っと柚莉が肩から力を抜く。
「これなら氷野先輩も喜んでくれるね」
にこにこ笑って言うと、柚莉は何故か困ったように目を泳がせた。
「?どしたの?」
何だろう。違和感。
んんん?
「……万里にはね、チョコ、もう用意してあるんだ」
「え?」
もう用意してある?
ん?
ん?
えっと…?
「ごめん!」
顔に思いっきり疑問符が出ていたらしい。
ぱんっ!と目の前で手を合わせ、尚且つ頭まで下げた柚莉は、そろそろと顔を上げて私の方を見ると、まだ理解出来ていないのを察したようにゆっくりと息を吐き出した。
「……実はね。…斗姫と今日の約束した後、万里にバレンタインに会えるか、さりげなくね!さりげなく聞いてみたのよ。そうしたら、アイツ…手作り食べられないとか言ってて…さ。昔、貰って食べてみたら、明らかに髪の毛じゃない人毛が入ってた事あるらしくて…」
わあ。
それは確かにトラウマになるかも…。
「それ聞いて作るの止めようって思ったんだけど、約束した手前、言い出しづらくて…ほんとごめん」
「……そっかー…」
なんていうか、柚莉らしいなと思った。
手作り、かなり気合が入ってただろうに、氷野先輩ならトラウマがあっても笑って受け取ってくれるのも、食べてくれるのも分かってただろうに、その上で柚莉は作るのを止めたんだ。
その思いやりに、自然と笑顔が浮かんでしまう。
「そっか!今日楽しかったし、気にしないで。でも、言ってくれればチョコ買いに行くの付き合ったのにー」
「…だーめ。斗姫基準だと、絶対高いブランド物選ぶもん」
「……それは否定出来ないかも」
母子家庭で日々家計簿と睨めっこをしながら1DKのアパートで生活している柚莉と、何不自由なく両親が建てたセキュリティ完備の大きな屋敷に住んでいる私とでは、金銭感覚が違う。
それはもう、知り合った頃からお互いに分かってることだ。
えへ、と笑って答えると、私につられたのか、やれやれと言うように笑った柚莉は、ラッピングしたばかりのチョコに視線を落とすと、丁寧な手付きで持ち上げ、私に目を向けるとすっと差し出した。
え?
「これは、斗姫にあげようと思って作ったの。…心配かけたお詫びと、応援してくれたお礼」
本人に手伝ってもらっちゃ世話ないけど、と柚莉は照れたように笑う。
え、え、えええ!?
「わ、私が貰っていいの…?」
「もちろん」
わああ…。
恐る恐る、チョコを受け取る。
親友の、初めての手作りチョコ。
それをまさか貰えるなんて。
わあ。どうしよう。凄く嬉しい。
「ありがとう!…大事に食べるね!ううん、食べずにしまっとく!」
「こら。腐るから早めに食べなさい」
「…えー…」
永久保管したいくらいなのに。
不満そうにしていると、柚莉がぽりぽりと頬を掻きながら視線を逸らした。
ん?これ、何か照れてる時の癖…。
「…柚莉?」
「……いや、そんなに喜んでくれると思わなかったから…。私、斗姫が何度も万里とは関わらない方が良いって言ってくれてたのに聞かないで、なのに傷付いた時はちゃっかり斗姫の事頼って…呆れられてると思ってた」
「そんなこと…!」
そんな風に柚莉が思ってただなんて。
慌てて身を乗り出すと、分かってるというように柚莉が此方を見た。
「分かってる。斗姫は、そう思ったら、ちゃんと言ってくれるよね」
「う、うん…でも本当にそんな事思ってないよ?」
「…うん」
ほっ、と柚莉が今日二度目の安堵の溜息を零すのを見た。
…そうなんだ。そんなに、不安にさせてたんだ。
「……私ね」
ぽつり、と口を開くと、柚莉が聞いてるよ、と言うように頷く。
「私、正直、何で柚莉はわかってくれないんだろうって思ってた。氷野先輩が、その…柚莉の事、そういう意味で好きなわけじゃないの、見てて分かったから…もちろん、今はベタ惚れなのも、見てて分かるよ!」
ぽんっと柚莉の頬が染まる。
可愛いなあ。
私の。私の自慢の親友。
だから。
「…幸せに、なって欲しいの。悲しい思いはして欲しくない。…私が辛かった時、柚莉はずっと側に居てくれた。私がおばあちゃんの所に行って離れた時も、毎週末に届くように手紙をくれたよね。本当に、本当に、嬉しかった。…だから、……まだ氷野先輩の事は諸手を挙げて賛成は出来ないけど、でも、柚莉が選んだなら、私は応援するよ」
言い切って、ほうっと息をつく。
それから恐る恐る柚莉の方を見ると、此方が照れてしまいそうな優しい笑顔を浮かべていて、私もつられて微笑んだ。
*
結局柚莉が作ったチョコレートは、2人で仲良く分ける事にした。
テーブルの上には美味しい紅茶。静かな部屋に流れるのはお気に入りの映画。
甘い、甘い、チョコレートは、やっぱり幸せの味がした。
fin.
友達からのリクエストで、久々にTRUE?シリーズから斗姫と柚莉の親友組でバレンタインSSでした。
本当は万里×柚莉を書く予定でした…のに、何故か、こうなった…笑
この2人を始め、TRUE?シリーズや他のシリーズを知ってるのはもうこの友達だけなので、とても嬉しいリクエストでした。リハビリも兼ねて頑張った!
今後もちょこちょこ書いて行きたいと思いまするー!
氷野万里が柚莉にした何かは、いずれ本編で!!
