一日目 72.8km ;
新尾道〜しまなみ海道/大島
二〜三日目 61.0km, 25.7km ;
来島大橋〜はまかぜ海道〜松山〜広島
四日目 ; 休養
五〜七日目 49.6km, 24.8km ;
低山ハイク〜私的調査〜帰路
来島海峡大橋
スバラシイ。しまなみ海道のクライマックスというだけのことはある。来島海峡手前で一泊してよかった。今回の旅のハイライト。自転車で来てよかった。
7:00、ゲストハウスの主人に見送られ、彼の言葉をかりればサイクリング大好きおじさんが朝日に向かって出発した。ほどなくこの来島海峡大橋に到着。

車でしまなみ海道を通ったことはあるが、ここへは自転車で来るべきだ。橋の途中で停車できるのとできないのとでは、こうも違うものなのかと思う。巨大建造物の感じ方の度合いが違う。車を今治側に停めて歩いても良いと思うが、距離が長く行けども行けども終わらない修行になりかねない。自転車で来るべきである。

来島大橋は、正確には3つの橋が連なっているとのことである。長いはずだ。

中間地点あたりに展望台のようなところがあって、なにげに後ろを振り返ると、エレベーター入口と書かれた飾り気のない看板があった。普段の僕であれば行かないんだが、その看板がいかにもここは名所でござい、みたいなアピール感が全く無く逆にそこに惹かれて、なんとなく観光でもするかという気になった。堺にある千利休の屋敷跡がその昔はどこにでもある裏通りにひっそりとあった。ちっぽけで見えにくいところをわざわざ選んでつけたような看板があるだけ。おぉ、これぞ侘び寂び、と驚嘆したが、今ではアスファルトだった生活道は石畳になって、正面にはスターバックスができている。侘び寂びには遠く、まるで太閤さんを迎えるように飾られている。これを千さん本人が見たらきっとまた何かうまいことをいうんだろう。。。維持しようとすればそれだけで金がかかる。観光地化して銭を落としてもらおうとするのは致し方ないとは思う。しかし、名所旧跡の類は合理性の対極にあってそもそもが無駄遣いなんだから経費を払ったっていいんじゃないかとも思うのだ。
さて、味気ない看板の下には、朝日のために薄暗く感じる通路があるだけでそこからエレベーターは見えない。我がebikeペガサスを押してややきつい勾配を下りると僕は好奇心の塊になった。そこは道路下に設けられた橋を横断するための通路だった。誰もいない。音の響きで巨大な建造物とわかる。ひんやりとした湿気。コンクリートの乾いた匂い。転落防止の無骨な金網。暗がりの向こうの巨大な橋脚。その隙間に見える山の緑、海の青。

そのつきあたりに素っ気なくエレベーターがある。小綺麗にしている工事現場にあるようなエレベーターだ。階数を示す階数ボタンはたしか4階まで。乗り込んだ階数は3階、4階と2階は一般人NGだったと記憶する。エレベーターに乗ってすぐ、おぉ、橋脚を降りているぞ、と興奮する。
馬島

看板には書かれていたはずだが、そこが馬島であるということを後日知った。住民が10人、一般人はこの島に車で降りることはできないということである。

馬島におり立つと港がある。港の奥の方に家屋が見える。生活圏のようなので引き返して橋を下から見る。肉眼で見るのと写真とではかなり違うなあと思う。
橋の真下に瀬があって漁船が2艘、漁をしていた。ちょうど潮が満ちてきていたので、若干の渦を遠目に見ることができた。
岩場におりて釣りをしたが、釣れる気がしなかった。先ほどの港を囲む堰堤には、昨日と同様にイカ墨の痕跡が大々的に残されていた。しかし、これもまた昨日と同様に、万が一にも青物が来たらと思うと持ってきた軽量の竿を出すことができなかった。痕跡のある場所を2度スルーして、ここなら青物は絶対来ないだろうと自身そう思っているわけで、当然、釣れる気がするはずがない。自分は馬鹿なんじゃないのかと思いつつ、潮目がいいので根魚ならと期待したが、すぐに納竿した。
トンネルの先にビーチがあって、タイムラインを確認するとそこでなんと1時間以上、海を見ていたようだ。
サンライズ糸山
橋を渡りきって猛烈に腹が減り、来島海峡展望館でスパイシーホットドッグを食べた。10:30頃、サンライズ糸山というサイクリング拠点に立ち寄った。今治駅前がしまなみ海道ゼロ地点とのことだが、今回はここから西に折れて松山に向かう。しまなみ海道とはここにてサラバ。
記念になんか買っとこうと物色して缶バッチにした。子供の頃、行った先々の缶バッチを帽子に着けているおっさんが少なからずいた。こんなものうれげにつけて恥ずかしくないのかと子供心に思ったものだが。。。普段はマグネットを集めて冷蔵庫に貼っているが、しまなみマグネットはどういうわけか売ってなくて、そこで缶バッチをリュックに付けることを思いついた。帽子なら恥ずかしくてリュックなら恥ずかしくないということではない。子供は行った先々のことをアピールしたいとは思わないが、歳のいったじじいになれば、行った先々をアピールしたいということなのだろう。
後追いでビワイチ、アワイチの缶バッチをポチッとくかな。。。ん?、やっぱりなんか恥ずかしくなってきた。。。

いざ松山。我がebike ペガサスにまたがると、ガイドつきの4-5人のサイクリンググループがやってきた。しばらく見ているとガイドが自動販売機の前に立って何やら説明を始めた。グループの中の一人の女性がカメラを向け何かを撮影した。何事かとガイドの説明に耳を傾けたが聞き取ることはできなかった。彼らが立ち去った後で、自動販売機を確認すると、チューブが販売されていた。流石は噂のしまなみ海道。。。
はまかぜ海道
40年前のデジャブの記憶。しまなみ海道のかけらもなく張り合う必要も便乗する必然性もなくはまかぜ海道というしゃれた呼び名もついてなかったこの道を、その時は松山から今治へ向けてスクーターで走っていた。とあるカーブの先のワンドを見て、初めて通る道なのにここに来たことがあるぞ、と大いに驚愕した。そのワンドの景色よりも驚愕した感覚が今でも強く残っていて、今回見つけられたらいいなと期待した。それらしいワンドにさしかかる度に確認しながら走ったが驚愕の事実はなにも発見できなかった。未来のかけらを見つけてもその先で果たしてなにが起こったのか窺い知ることのできない役立たずの能力。それが僕のデジャブ。いつの日にか役に立つことがあるんだろうか。。。
あれよという間に昼過ぎになり、デジャブのようにまた腹が減ってきた。アイビーというよさげなレストランがあり客も賑わっているようなので入りたかったが、自転車を停める適当な場所を見つけられずスルー。
なんとか自転車を停めて今しがたのレストランに入っておけばよかったかと後悔しかけた時、程なく道の駅があり、これを逃すまじと立ち寄った。海沿いにあるカフェは休みだったので、山手のレストランに入った。連休明けの平日にも関わらず店は混んでいた。自転車野郎はおらず、余生自由人の方がほとんどだった。
いかの定食を注文しそれを待つ間、店内に書きめぐらされている世界のオータニさんの活躍や魚のことなどを読んでいた。その中に、料理担当が嘆いています、どうして皆さん刺身からお食べになるのかと。まずは揚げたての天ぷらを熱いうちに是非味わっていただきたいのです、というのがあった。いざ、料理が来て真いかの天ぷらがあり、接客係の女性から天ぷらは味付けされているのでそのまま召し上がってくださいと説明を受けた。先程読んだ、天ぷらからどうぞ、に素直に従ってみた。そんなに違いはないだろうと思いながら食べたのだが、僕は驚嘆してしまった。40年前のデジャブと同じくらいに驚嘆した。これは、うまい。
僕は決してグルメではない。ほぼなんでもうまい。だから何を食べても覚えていない。これまでにこれこそはと記憶する料理は、ただひとつ。シンガポールのオーチャードをそれたDFS対面あたりの公園内にあるタイ料理レストランのフカヒレの姿煮である。フカヒレがこれほどうまいものとは知らなかった。その後、日本でもと思い値段のはるレストランをまわってみたが、その味には出会えなかった。日本のはにおいが無抜けすぎている気がする。まるで目黒のサンマだ。
そして、このいかの天ぷらの衝撃はおそらくこの先ずっと記憶に残るに違いない。第二のこれこそは料理の出現である。シンガポールのフカヒレには複数回行ったが、そのレストランの名前を知らない。調べる気もない。だから僕は絶対にグルメではないのだ。
松山
40年前、ここで4年を過ごした。今年こそはグアムへ行こう、というスローガンを部屋の薄い壁に貼りつけていたが、結局金を貯められずそれが成就することはなかった。それどころか、半径5キロ以内をチョロチョロしていただけで、4年も住んでいたというのに大学と繁華街とアパートのあたりしか土地勘がない。今回もGマップ頼みだった。
15:00、ビジネスホテルにチェックインしてアイスを食べながら、テレビでトランプさん返り咲きのニュースを見た。
19:00に大学の時の友人と会い、キジ料理がメインの店に連れていってもらい酒を飲んで馬鹿話をした。いい店だった。明日の調査のことも話しをした。
亡くなった友人のこと
実名を出して良いものか?
SNSでの呼びかけがきっかけで解決できたという話しを耳にする。実名を出して書いてみようかと思ったが、良し悪しの予測がつかず今回は伏せることにした。
大学の時、ルームシェアした友人が交通事故で亡くなった。その後、僕が結婚したり子供ができたり、途方に暮れるようなことがあった時、節目節目で彼のことはいつも思った。自分のからだが動く内に墓参りをしようと思いたったが、彼の墓の場所がわからない。亡くなった当時はおそらくわかっていた筈だが、その時はとても墓参りする気にはなれなかった。そして40年が過ぎ、その頃のメモや手紙などは全て失ってしまった。
今回、松山に寄って新聞記事と大学で調査をしてはみたが、結局、この程度では手がかりさえつかめなかった。当時、大学へはあまり行かなかったが、建物の配置や学食の踊り場などは見覚えがあり懐かしかった。事務局の校舎に入った時、僕の役に立たない能力が発動した。その夢では、校舎に入ったものの出口が見つからず誰もいない校舎の中をさまよったのだが、今回、現実の世界ではあっけなく外に出ることができた。
chatgpt も辛抱強く調べることが重要ですとアドバイスをくれた。あきらめずに俺はやるぜ。当時のメモや手紙を失ったと思っているだけで、まだ探してもいないのだ。やれることはまだまだいくらでもあるのサ。。。
今回、墓の手がかりはつかめなかったが、わかったことがある。彼を知る大学の友人が彼のことを覚えているのは普通にありえることだが、彼と接点のない友人も彼のことを覚えていた。高校の友人も何人か彼に会ったことがあるという。僕はそのことを全く覚えてないのだが、墓が見つかれば同行したいとさえ言う。映画の告別式などで、彼は今も我々の心の中に生きているのだ、というシーンがある。僕はこれを故人の肉親への慰めの言葉だとずっと思ってきたが、それは違った。今回あらためて彼を知る友人と話しているうちに、彼がそれぞれの心の中にいてその彼と話しをしたような気がしてきた。
そして、こう思う。墓の前に立たずともこれは本来の目的に到達したのと同じことではないかと。本来の目的? それは何だ? 墓を探すことそれ自体が目的ではないことは間違いないが。。。
だからといって、この件をここでやめるつもりはない。目的がどんなことにも重要だとは限らない。おぉ、そうだ、洗脳されてしまった目的至上主義を取っ払おう。
広島
松山から広島へはフェリーで移動した。松山港に向かう途中の交差点で、亡くなった友人の事故現場はここじゃないかと思った。昨日一緒にキジ料理を食べた友人の記憶と合致しており、まず間違いない。この時、大学からの確認待ちだったこともあって、またな、と一言いってそこをそのまま通り過ぎた。

広島行きのフェリーは呉を経由する。日本製鉄呉の閉鎖が決まって解体がずっと続けられている。2年前、同じフェリーに乗った時、赤錆た巨大な廃工場に圧倒された。今回、そこは解体が終わり建物の残骸もほぼ無くなっていた。航路から遠い位置にある建屋は未だ残っていたが、フェリーからは何かあるなというくらいでそんな廃工場に関心を持つ乗客はもう誰もいなかった。次回見る時には全て撤去されているかもしれない。今回が見納めか。。。

盛者必衰の象徴ともいえる夕焼けの方は人気があって、これをバックにカップルが自撮りしていた。夕陽は沈むがまた陽は昇り、日本製鉄呉は閉鎖されたが、今はUSスチール買収に躍起だ。何が盛者必衰だ。衰者必盛といってもいいじゃないか。じじいの戯言である。
低山登山
元々、今回は低山登山が先に決まっていて、どうせ行くならとしまなみと松山をトッピングした。低山登山は高校の同級生グループが月イチのペースで登っていて、今回初めて参加させてもらった。11/9、快晴、6名、11:00集合15:00下山。しかし下山後の方が長かった。 15:30、居酒屋に始まってハシゴして結局02:00過ぎに帰宅。ハイキング4時間、なんと飲み食い10時間。この前日、一日休養しておいてよかった。。。

三滝寺から宗箇山山頂に登り、大茶臼山へ抜け展望岩を見て下山。あとでグーグルのタイムラインをみたら、25kmも移動したことになっていたが、実際は6km程度、累積標高960mとのことだった。
大茶臼山の展望岩へは、小学生の時、このあたりに転校した同級生と登ったことがあった。彼の家に泊まってカレーラーメンを作って食べたことを思い出した。
編集後記
飲み食いの方が長い低山登山の翌日、父親と父親の友人らが見つけることができなかった場所を探しに出かけた。結局、父親らが50年前に撮った写真と同じ景色を僕も写して帰途についた。
その場所に立ち、父親と父親の友人らはその場所をほぼ見つけていたが、あえて突きとめはしなかったのだということがわかった。そして、僕も同じように突きとめることはやめた。今度、父親の友人らの子供たちにこのことを伝えに行こう。きっと、彼らもそこに立てば同じ気持ちになるだろう。
11月11日、広島から新大阪まで新幹線で帰途。今回、フェリーも入れて計5回乗り降りをしたが、輪行の駅内移動がかなり重労働だ。担ぎ方がまずくバランスが取れていないんじゃないかと思う。訓練が必要そうだ。
新幹線に我がebikeペガサスを積んだのは今回が初めて。もうこれでペガサスと日本全国どこへでも行ける。

走行データ
・走行距離: 234kmくらい
・走行時間: 898分くらい
・平均時速: 15.6km/h
・max時速: 44.9km/h
・日時 : 2024/11/5〜11/11
・場所 : 新尾道〜尾道港(渡船)〜しまなみ海道ブルーライン/サンライズ糸山〜はまかぜ海道/松山(フェリー)〜広島