道化のクレヨン
最終章「漁夫のトランプ」
マイナス思考
1月6日、溝口れいは倒れた。意識は無いらしい。
何だか、今までと同じように運ばれてランプが点いた。
「笹崎さんはここでお待ちください。」
扉が閉められた。
何故だか僕は不謹慎にも、
「赤ちゃんが産まれる前みたい」
と思ってしまった。
馬鹿だ。
最終章「漁夫のトランプ」
最初に倒れて以来倒れてなくて体調も良くて、
検査の回数だって減っていたのに。
すごく不安だった。
何だか時間はゆっくりだ。
一時間経った。
僕は冬だっていうのに汗をかいていた。
大丈夫だろうか。意識を失ってそのまま目が覚めないなんてことは無いだろうか。
二時間経って、
僕はうとうとしていた。
視界がぼやけて、気がついて、時計を見ると一瞬で30分過ぎていた。
どうやら少し寝てしまっていたらしい。
ランプが消える。
マスクをした医師が出てくる。
「あの、れいは大丈夫だったんですか?」
医師は無言。
その場は何も言わずに行ってしまった。
少しして僕は医師に呼ばれた。
「・・・・・・」
どうやら無事らしい。
無事らしいのだが、
意識は戻らなかった。
僕は土日の昼にお見舞いに行く。
今までと変わらない。
たまに平日に行くことだってある。
でも違う。
今までと違う。
あの頃の彼女はもういない。
僕は静かな病室で静かに泣いた。
家。
会社。
病院。
その往復。
こんなにも雪が降っているのに楽しくない。
大人だから?いや違う。
僕は大人でもはしゃぐタイプだ。
一人だから?きっとそうだ。
右側に違和感。いつも隣にれいがいたから。
テンションが低いからだろうか、僕は下を向いていた。
「水たまり・・・」
左に大きく避けようと歩く。
すると後ろから誰かが走ってくる。
水が跳ねた。いやバシャーっと水がたくさんかかった。
いや走ってきた本人も水がかかったんだろうと顔を見ると、
「あれ、よう笹崎じゃねえか」
紀伊さん?
幸せロードまっしぐらの紀伊さん?
バラ色人生アイエヌジーの紀伊さん?
僕はため息まじりにこう言った。
「何してるんですか?」いやもう色んな意味を込めて。
一体何をしているんだと。
「雪ってテンション上がんね?」
おかしな答えだ。
暇らしいからハンバーガーを奢ってもらおうと、少し歩いた所のハンバーガーショップに向かった。
奢んねえよという顔だが気にしない。奢んねえよと言ったが気にしない。
水が思いっきりかかったんですから。
僕は何となく高いセットを頼んだ。
「ところで笹崎、彼女とはうまくいってるのか?」
ニヤニヤとした顔だ。
ああそうか、倒れたこと知らないのか、というか入院したことすら知らないのか。
僕も忙しくて会って話すのは久しぶりだもんなあ。
「実は入院しました、しかも今は意識不明です。」
と言うと紀伊さんは真面目な顔で心配してくれた。
久しぶりというか初めて真面目な顔を見たもしれない。
いつもなら惚気話をする紀伊さんだが、今日は真剣に僕の話を聞いてくれた。
そして励ましてくれた。
僕は紀伊さんの先輩らしさが懐かしく思えた。
ああこんな一面もあったんな、そういえば。
ハンバーガーを奢ってもらって、帰りに元気出しなよと言ってくれたのが嬉しかった。
少し元気が出た。
もう外はすっかり暗い、僕はコンビニに寄って肉まんを買って家に帰った。
そういえば紀伊さん言ってたなあ。
「思い出とか記憶とかで、失っていた意識や記憶を取り戻した」ってケースが去年アメリカで多々あったって。
本当か嘘かわからないけど僕も聞いたことがある、
記憶喪失になった男性が恋人と思い出の場所へ行ったら記憶が戻ったって話。
でも思い出の場所へ連れてくって意識不明だから無理だよな。
夜中に忍び込むとかしないと・・・
ってダメじゃん。ああ。
気がつくと肉まんは冷めていた。
帰りに2つとも食べておけばよかった・・・
(次回掲載予定は9/1です)