道化のクレヨン
そういえば何日か前の話。
誕生日がとっくに過ぎていて。
笹崎さんは残念がっていた。
「先月じゃ会う前だ・・・」
占いの話から星座の話になって、誕生日の話になった。
「あぁ来年かー」
何だか子供っぽかった。
私は例え無意識でも、来年まで仲良くしようと言ってくれたことで笹崎さんが好きになっていたのかもしれない。
第2章「道化のクレヨン」
顔
とある憂鬱な雨の次の日はいい天気だった。
朝の占いがあまり良くなかったのにいい天気だった。
少し不機嫌な私の横で彼はのんきにあくびをしている。
頭を撫でてやると「にゃあ」と一言。立ち上がったのにまた横になって。
「お願いだからお魚くわえたりしないでね。」
私は裸足で駆けてく愉快な人にはなりたくなかった。
大丈夫、財布は忘れていない。
そう思って家を出て大切な事に気がついたのは夕方だった。
「携帯がない。」
家を出る時に持っていたのかわからない。焦る私。
必死に思い出す・・・んー家に帰ってみようかな忘れただけかもしれないし。
そして今日も私は公園にいる。
まだ笹崎さんはいないけど大きな木に寄りかかって座る。
私は絵を描く。集中・・・
「あ。こんにちわー」
な!?笹崎さん?びっくりした。私の集中力ってすごいかも。
一体いつの間にという感じ、そんな私に笹崎さんは笑顔で爽やかだった。
「はっはい、こんにちわわ」
何それ私こんにちわわ・・・
落ち着け。何か話さないと。
「私、絵を描いていてー描くのが好きでー」
とにかく絵を描いているということを伝えた。見ればわかることだけど。
笹崎さんはにこにこしながら私の絵を覗き込む。
私は恥ずかしくなって絵を傾けた。
「あの、笹崎さん今日は音楽やらないんですか?」
「うんたまたま公園の前を通りかかっただけ。」
そっかまたあの音楽聴きたかったなぁ。
音楽か・・・
私は周りの娘よりは音楽を聞かないほうかもしれない。
「・・・実は出会う前から溝口さんが絵を描いてたの知ってたんだ。」
え、私のことを!?
「もちろん変な意味じゃなくて、すごく真剣に絵を描いていたから・・・でもさ声をかけるタイミングなくて。」
私も笹崎さんのことを知っていた、あの音楽が聞こえたから。
「ファンになったのは僕も一緒なんだ。それで何とかなればなぁって・・・ずるかったなぁ」
「何とかなりましたね。」
二人笑った。
「私、ファンっていうより実はあの日の音楽が気になったんです。」
私の大嫌いな音楽。
大好きだった音楽。
「大切な人が歌っていたんです。」
「溝口さんの大切な人?」
笹崎さんは少し真剣な顔になった。
「はい、もういないんですけど。病気だったみたいなんです・・・
それから絵が描けないんですよ・・・」
私は笹崎さんにスケッチブックを渡した。
何枚もの絵。
風景だったり人物だったり。
ただ一枚明らかに描き終えてない少し奇妙な絵があった。
顔の部分だけが未完成のその絵は服装から男性だということがわかった。
「大好きだったのに顔が思い出せないんです・・・」
一瞬見せた寂しそうな笹崎さんの顔。
「あのさ、この絵の人って・・・」
慎重に言葉を選びながら彼女に問いかけた。
「お父さん。」
「え、じゃあ写真は?」
私は首を横に振った。
「せっかく会えたのに最初はお父さんってわからなくて、お母さんには死んだって聞かされてたんです・・・
それで最後に会ったとき、お母さんに教えてもらえたんです。
だからあの音楽は私が小さいときに聞いたんだなぁって・・・」
私は少しの間だけ黙った。一呼吸置いた。
そしてゆっくりと笹崎さんの目を見ながら話し始めた。
「遺品の整理してたときに見つけたCDを聞いて、私お父さんに会ってたんだって嬉しくなって。
描こうって、思ったのに・・・最後の悲しい記憶が大きくて顔が思い出せないんです。
昔から大好きな絵だって、だんだんと怖くなってきて。」
笹崎さんはしばらく黙っていた。私は携帯すっかり携帯のことを忘れていた。
この時のことはあまり覚えていない。
でもあの音楽とまた出会えたのは嬉しかった。
私が笹崎さんの音楽の横で絵を描くようになるのはもう少し先の話。
(第3章「喜劇のサービス」へ続く)
(今回は2本立てです)