おせいさんのエッセイ集。この人のは、小説も好きだけど、エッセイも大好き。文章のバランスがすごく好きなんですよね。例えば、ほんものの恋、という章の書き出し。
「立秋の声をきくと、ちょっとぐらいは、きびしい暑さもゆるんだ気がする。しかし昼間の炎暑のほてりはなお去りやらず、夕方になっても気疎い(けうとい)熱気がたちこめて窓も開けられない。」
なんていうか、ものすごく美しい文章じゃないですか?ただの日常の風景、というか、あっちーなー、もう、というようなことだけを肩肘はらず、上品で丁寧な日本語に押し込めている。かと思ったら、次におせいさんはこう書くんですね。
「こんな夕方はクーラーを利かせて、冷たい日本酒にスダチを絞り入れたのを飲むにかぎる。」
このバランス感覚、ユーモア、好きだなあ。この人の文章は、ひそかに僕のお手本だったりする。この本とは関係ないけど、『ブス愚痴録』という短編集は最高に面白い文章満載でおすすめだ。いま、ちょっと手もとにないから引用出来ないんですけどね。いや、探しゃあるんだろうけど。
で、この本。この本にはおせいさんが提言する、恋愛や結婚生活に対するいくつものアフォリズムに溢れている。といっても、もちろん堅苦しい本ではない。むしろ、笑える本だ。こんな文章があった。笑ってしまいましたよ、思わず。
「人生でいちばんいい言葉は、
〈ほな〉
である。
この〈ホナ〉は大阪弁なので少し説明が要る。接続詞で〈ほんなら〉--それなら、ということ。じゃあネ、などという語感か。〈それなら〉が〈そんなら〉になり、そこから〈ほんなら〉になり、ついに極端に短縮して〈ほな〉になった。デパートの地下階をデパチカというが如し。
そんならさいなら、の意味も込め、その奥に〈では運命のままにお別れいたしますが、これは私の本意ではございません。しかし、こと、ここに立ち至った以上、悪あがきして運命の流れをむりにせきとめても詮ないこと、昔のたのしい思い出を胸に秘め、一生、忘れはしますまい。あなたさまも新しい未来に希望を持たれ、さらなる面白い人生に出会われますよう、お祈りします。たのしい時間(とき)を沢山(ぎょうさん)もろうてありがとさん……〉
これが煮つまって出てくるのが、
〈ほな〉
である。」
笑えるでしょう。そこはかとなく滋味のある、せつなくもほかほかとする笑いである。こういうのを書くと、おせいさんは日本一である。と思う。
といっても、まだ僕は二十代。自分とはそれと知らず、まだ鼻息が荒いところもあるだろう。よって、例えば「自分の家族や友人、自分の手に合うほどの仕事を愛し、大切にする。目立たず、人にまぎれ、世にまみれよ」なんて書かれても、少し反発する心もある。ぬー、と思って、でも、まあ、最後にはおせいさんふうに、こう思うのである。
ふうん、そんなもんかいな。
「立秋の声をきくと、ちょっとぐらいは、きびしい暑さもゆるんだ気がする。しかし昼間の炎暑のほてりはなお去りやらず、夕方になっても気疎い(けうとい)熱気がたちこめて窓も開けられない。」
なんていうか、ものすごく美しい文章じゃないですか?ただの日常の風景、というか、あっちーなー、もう、というようなことだけを肩肘はらず、上品で丁寧な日本語に押し込めている。かと思ったら、次におせいさんはこう書くんですね。
「こんな夕方はクーラーを利かせて、冷たい日本酒にスダチを絞り入れたのを飲むにかぎる。」
このバランス感覚、ユーモア、好きだなあ。この人の文章は、ひそかに僕のお手本だったりする。この本とは関係ないけど、『ブス愚痴録』という短編集は最高に面白い文章満載でおすすめだ。いま、ちょっと手もとにないから引用出来ないんですけどね。いや、探しゃあるんだろうけど。
で、この本。この本にはおせいさんが提言する、恋愛や結婚生活に対するいくつものアフォリズムに溢れている。といっても、もちろん堅苦しい本ではない。むしろ、笑える本だ。こんな文章があった。笑ってしまいましたよ、思わず。
「人生でいちばんいい言葉は、
〈ほな〉
である。
この〈ホナ〉は大阪弁なので少し説明が要る。接続詞で〈ほんなら〉--それなら、ということ。じゃあネ、などという語感か。〈それなら〉が〈そんなら〉になり、そこから〈ほんなら〉になり、ついに極端に短縮して〈ほな〉になった。デパートの地下階をデパチカというが如し。
そんならさいなら、の意味も込め、その奥に〈では運命のままにお別れいたしますが、これは私の本意ではございません。しかし、こと、ここに立ち至った以上、悪あがきして運命の流れをむりにせきとめても詮ないこと、昔のたのしい思い出を胸に秘め、一生、忘れはしますまい。あなたさまも新しい未来に希望を持たれ、さらなる面白い人生に出会われますよう、お祈りします。たのしい時間(とき)を沢山(ぎょうさん)もろうてありがとさん……〉
これが煮つまって出てくるのが、
〈ほな〉
である。」
笑えるでしょう。そこはかとなく滋味のある、せつなくもほかほかとする笑いである。こういうのを書くと、おせいさんは日本一である。と思う。
といっても、まだ僕は二十代。自分とはそれと知らず、まだ鼻息が荒いところもあるだろう。よって、例えば「自分の家族や友人、自分の手に合うほどの仕事を愛し、大切にする。目立たず、人にまぎれ、世にまみれよ」なんて書かれても、少し反発する心もある。ぬー、と思って、でも、まあ、最後にはおせいさんふうに、こう思うのである。
ふうん、そんなもんかいな。