ゴールド高騰の影で消えていた漁村 ードキュメンタリ映画ー東からの風ーより | 知りたがりな日本人のブログ@インドネシア

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日本語では検索できないインドネシア国内の話題を、雑談に使えるレベルで解説。

自分たちの足で各地を巡り、低予算でインドネシアの今を取材するカメラマンとジャーナリストの自主製作ドキュメンタリー映画。南極海からの海流が打ち寄せるジャワ島南沿岸と、首都移転が計画されているカリマンタン島とジャワ島の中間にあたる北側のカリムンジャワ島に取材し、美しい海と地元の漁師さんたちの人間模様のスケッチを通して、彼らの直面している厳しい現実に踏み込んでいく。

(以下、なるべく映画のストーリーに従って要点を追い、最後に感想を書く)

ジャワ島中部南側の都市ジョグジャカルタ郊外の山が背後に迫る美しい入江。東からの風が吹く季節は波が高くて漁に出られない。昔は乾季と雨季がはっきりしていたものだが、最近は天気の予測が難しく、いつ漁に出れるのか見通しがたてられない。

 

内側が青色に塗られた小舟が並んでいる。観光客やカメラマンを惹きつける美しい光景だが、その内実、漁師さんたちが昔のように漁業だけで生活していくことは難しい。農業や建設現場の手伝いなどの臨時の副業をしてなんとか日々をしのいでいる。

ジャワ島北側カリムンジャワ島の魚市場では、魚を売りに来た漁師が借金を差し引いたわずかな報酬を受け取る。この魚屋さんでは、漁師さんたちにとってなくてはならない燃料と水を後払いで先に使わせてくれる。”じゃなきゃ誰も漁に出られないわよ”と、島の漁師さんたちの悲喜こもごもを語る魚屋のおかみさん。

天候の問題の他にも、 燃料が入手できるかどうかという死活問題がある。安い補助金付きの燃料を購入するためには、その度に複雑な手続きが要求される。その一方で供給業者は、漁師に売るよりも、本来は買う資格のない企業などへの横流しを優先したり、又売りが横行したり。

大きな運搬船が補助金付き燃料を給油するために、この小さな島近くに停泊するようになったのは2年前。その海域に潜って調べてみれば、確かにサンゴ礁はもう白化してしまっている。昔の映像と比べてそれが明らかなのが分かったところで、漁師さんたちにできることといっては、停泊中の運搬船を苦い思いで眺めることぐらいだ。

島のエコシステムが悪化しているのは沖だけでない、岸辺のマングローブの森も水質汚染によって一部が、魚の住めない泥沼と化してしまった。原因は、山を切り開いて建てられたエビの養殖所から垂れ流しにされる排泄物やえさの残りなど。

自然保護区内を管理する自然保護局は、無許可で営業する養殖業者に何の制裁も下さない。それをいいことに業者は養殖所拡大のためにまた新たに森を切り開いている。養殖所に散在している化学薬品の袋も気になる。

まだ汚染されていないマングローブの透き通った水の中では稚魚たちが泳ぎ回っている。ここもいずれ泥沼化してしまうのだろうか?いつまでもそこを立ち去ることができずにいつまでもいつまでも眺めている漁師さんの視線から、焦る気持ちが痛いほど伝わってくる。一時期はなかなかの収入源だったという海藻の養殖も消えてしまった。今では海藻を並べる台が残っているばかり。

漁師さんたちにとって、そんなときの頼みの綱は環境保護のための法律であるはずだが、近頃は、それもあてにならない。2020年から労働組合が激しく反対しているオムニバス雇用創出法(現在のところ、憲法裁判所の判決により2024年までの改正が必須ということになっている)は、小規模漁業者にとっても甚大な影響がある。小規模漁業者の規定が削除されると、大きな船と同じ漁場で競争しなければならない。


仕事のない漁師さんたちを集めて、底引き網漁をアレンジしてくれる船主がいる。まだこれから大きく育つはずの魚、まだ生きてるサンゴの欠片が網にかかっているのを見るたびに漁師さんたちの心は痛む。しかし燃料代をかけて沖に出たからには底引き網を使って効率よく漁をする他に選択の余地がない。10時間働き、収穫の6割で燃料費を払い、なんとか手ぶらで帰らなくて済む程度の残りの金額を8人で平等に分ける漁師さんたち。


…最初は、美しい海と暮らしを眺めるつもり、呑気な気持ちでみはじめたのに、話はどんどん重たくなっていく…

最後の取材地バニュワンギ県Tumpangpiu山のエピソードは、かなりショッキングだ。地震や津波の危険から護るための自然保護林としてこれまで開発することが禁じられていた山で、2013年に金鉱の採掘が許可され、採掘がはじまったのが2016年。

9000ヘクタールもの山地が切り崩されはじめると、麓の村には泥の洪水が押し寄せる。それまで7千トンの水揚げのあった漁港は、たったの1年間で8割を失い、泥で汚染された沿岸に魚はもういない。

昔の映像では高額そうな大型の魚が水揚げされていたようだが、今はもうその面影もない。市場の人の話によると”以前は、魚を運び出す車でこの道はいつも渋滞していた”という。皮肉なことに、州水産局のデータでは採掘は漁業に影響を与えていないことになっている。沖合いの大型船が水揚げ量を増やした分で相殺されている。

衛星画像でわかるのは、2016年1月には濃い緑色だった山の真ん中に、4月になると道ができ、緑の山林がみるみるうちに土色に蝕まれていく様子。”今見えてる丘の向こうに一番高い山があったんだ”湾の対岸にあるPancer 港からの漁師さんが砂に絵をかいて教えてくれた…

 

Wikiで調べてみると、高さは海抜1300メートルもあったようだ。今はもう跡形も見えない。そんな高い山がわずか数年で消えてしまうとは恐ろしい早さだ。たった1グラムの金をとりだすために2トンもの土を掘り返さなければならないという。

 

紙幣はあてにならない、これからはゴールドの時代!だなどという話があるけれど、本当にそれでいいのだろうか?資源の奪い合いの紛争や内戦、そして生活できなくなる人を増やすだけじゃないのか?ただの交換の道具としてしまっておくだけのもののために、こんなにも犠牲を払う価値があるのか?


今は衛星画像で金鉱のある場所がわかってしまう時代。鉱脈マップによると、金の鉱脈は主要な島の全てにある。Tumpang pitu の次は、西側のSalakan山にも採掘許可はすでにおりている。現在も、警察と地元民がもみ合いになったり、活動家が不当に逮捕されたり(Tumpang pituの時と同じ)している。

 

スラウェシ島のニッケル鉱山でも問題になっているが、狭い島々で鉱山開発をすれば海まで含めてあっという間に人の住めないところになるのは実証済みだ。それでもビジネスとして有望な限りは止めることは難しいだろう。庶民の味方であるはずのジョコウィ政権の大臣や所属政党の幹部が、いかにこの投資に深くかかわっているかというレポートから、それを察することができる。

 

昔から、有力政治家は鉱山を所有しているか、または所有者から支持されているか、鉱山開発だけでなく農園、漁業といった天然資源は見えないところで熾烈な闘争の対象になっているのは公然の事実だ。事あるごとにジョコウィ大統領を批判するチャンスを待っているユドヨノ大統領時代には政権側だった野党陣営も、大手メディアも、こんな重大なことについては黙っている。

 

鉱物なんかよりももっとずっと、有望な投資対象が早く出てきてくれないだろうか。インドネシアだけでなく、世界のあちこちで鉱物資源がみつかることは、国民にとってもはやリスクでしかない。


…水音とともに、乗っていた船から降ろされて、ボートが去っていく。漁師さんたちと海を見ながらの和やかな語らいの時間がまるで夢の中の出来事だったかのように思い出される…

 

公開してから2週間後、すでに30万回以上視聴されている。

コメント欄をみてみるとやっぱり …号泣してる…

 

(オリジナル *インドネシア語のみ)

 

*インドネシアの金鉱マップガーン

 


Gambar oleh agus santoso dari Pixabay