いわゆる8月のジャーナリズムがようやく収まりかけてきた。

 

相も変わらず「何があっても戦争だけはよくない」と最後には言わされて,寂しさに耐えかね,足繁く訪ねてくれたり電話をくれる記者への「デスクからの指示」を忖度したのであろう「誇りなき戦争体験」ばかりがウンザリするほど並んだ。

 

まもなく世を去る方々にあまり厳しく言いたくはないが,最後まで誇りを捨てずに祖国と同胞,そして当時の大日本帝国が掲げた理想に殉じてくれた多くの人々のために倒れていった戦友や部下,上官の「悲しき命」に対して申し訳ないと思わないのか?と実に憐れで不快だ。

 

もちろん,まるで夏の定番ネタのようにして,征服者アメリカが自らの残虐非道は棚に上げて強いている「日本悪玉史観」の源である東京裁判などというコメディにひれ伏し,

 

それを当然の前提として異論を許さない「忠犬としての任務」に70年以上も邁進するテレビ屋と新聞屋を始めとする敵の手先達への侮蔑と敵視は年々歳々強まるばかり。

 

植民地奴隷の根性が染みつき,WGIP始めアメリカの占領政策による日本弱体化を意識すらせずに育った雲霞の如き大軍を擁する「統制された情報空間」はひたすら息苦しく,

 

国土が買占めによって大規模に浸食され,自らを主力とするスパイ達のパラダイスに化している実態を国民に意識させないように日々務める様子には,もはや全く同胞へのまなざしは注げなくなった。

 

かつて「バナナ」と称された,黄色い肌を一皮むけば「白人」が顔を出す,オノラリィホワイトなんて言われて恥ずかしげもなくドヤ顔さらけていたボケ共に加えて,一皮むくと21世紀のナチス・シナチス・チャイナチの残虐な本性が剥き出しになるトレイターもまた増えてきた。

 

「対日工作」の完成だ。

 

敗戦後の教育は売国奴を育てる教育で,日本の文化,伝統,歴史を悪しきものとして忌避するように植え付けられ,教科書を典型例として今日もなお文科省と日教組のタッグによって征服者への忠誠が競われている。

 

そんな教育で育った坊ちゃん首相殿がまたまた辞めてしまった。

 

案の定,あれほど喧伝した「戦後レジームの超克」は反故にされ,最優先課題と位置づけた「拉致解決,領土防衛,東北復興」も雲散霧消した。

 

「いや違う,マスコミが報じないだけで,実はこれもやった,あれもやった,こんな素晴らしい首相はいなかった!」と礼賛する「気色悪い信者の群れ」には閉口するが,

 

アメリカの「失望した」一発で腰が抜けて引っ込めた靖国公式参拝だけで,いわば死者達との約束を踏みにじっただけでもう首相として完全にアウトなのである。

 

陛下の露払いを命がけで務め,御親拝を絶対に実現させるのだという不退転の気迫など微塵もなかった。

 

金解禁政策を断行して右翼から銃撃され,医師から制止されてもなお「国民との約束を破って国会答弁を止めるわけにはいかない。首相が嘘をつくとあっては国民は誰を信じればいいのだ!」と決死の答弁を行って遂には死に至った浜口首相や,

 

度重なる殺害予告などの脅迫に屈せず,やはり銃撃に倒れた井

上準之助蔵相,また,日露戦争時に「もしも露軍の上陸を許した際には,私も一卒伍として君国のため戦う覚悟だ」と捨身の決意をした伊藤首相の誇りある故事をどう思っていることか。

 

トランプに「シンゾーは同盟国首脳中で最も俺に媚びる野郎だ」とコケにされ,拉致された同胞を奪還するために自衛隊を活用する気はサラサラなく,戦争という言葉を国会議員は使ってはならないなどという寝言の議決に一言も異を唱えず,

 

東北の復興と放射能汚染の除去はひたすら等閑視されて事実上放置され,「公務員を常駐させる!」とブチ上げた尖閣にはまるで年中行事のように侵入を許し,いまだに竹島の日を政府主催としないばかりか,奇襲奪還する気などさらさらない。

 

アメリカに言いつけられた武器を予備費で購入する事が常態化し,国会に諮る前にアメリカまで出向いて「必ず法案を成立させます」と,植民地総督そのままに恥知らずにも「臣従の誓い」を世界の面前でした自覚すらない。

 

アメリカのビジネス戦争に「おつきあい」する態勢は整えたが,肝心要の自国の防衛で国民を守るために必須の核シェルターや各種防空壕整備も全く念頭にない。

 

どこの税泥ダニ官僚が入れ知恵したか「地球儀を俯瞰する外交」などと身の程知らずの戯言を吹聴,税金で飛行機に乗って何十兆円と税金を世界中にバラ撒き,辞任にあたって各国首脳から「惜しまれて」いるのでは世話はない。

 

政商気取りで売国奴の腐れ外道が仕掛ける私利私欲にまみれた政策のおかげで非正規雇用ばかりが増え続け,子供の貧困はひどくなる一方,大人社会の反映で卑怯な集団イジメが横行し,死ぬほど疲弊している割には下半身だけは超元気なクズ教員による性犯罪も後を絶たない学校。

 

 

若者が正規雇用をされず結婚と子育てを夢見ることもできなくしておきながら,少子化に歯止めがかからないからと移民社会をいとも簡単に作り始め,国民からの批判を封じ,管理団体が法外なリベートを掠め取るためにも「いいえ,外国人労働者です」と大嘘を平気でつく。

 

在任期間がどうしたと?期間ではなく,国家国民を守るべく言行一致でいかに命がけで政策を実行したかで首相の真価は問われるべきだろう。

 

大宰相?ふざけるのもいい加減にしてもらいたい。国民経済の死屍累々の惨状を招きながら,宗主国の顔色ばかり窺い,青少年をして将来に失望せしめた張本人に何の評価があるものか。

 

この首相にも劣る穀潰しで能無しの野党商売は言うに及ばずだが,ゴマスリのダニ官僚の忖度により無念の自殺者を出し,公文書は平気で改ざん破棄をされる醜態をさらし,

 

政府機関は国民に平気で大嘘をついて辻褄合わせの恒常的な不正を働き,誰も絶対に責任を取らないのだという強烈な行政への不信感を津々浦々に広げてしまった。

 

要は,国家国民を文字どおり一命を懸けて守り抜こうという気迫も信念も志も皆無の「植民地支配の手先」が長く首相の座に居座ったということだ。

 

そして,こっちはチャイ犬あっちはアメ犬。似たような「隷属の後継者」が揃い踏みしている。

 

さても虚しき夏の終わり。

 在任中ず~っと でしたあ!

 

「え~っ!英霊を裏切るの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英霊顕彰プロジェクト「忘れてはならない歴史がある」と銘打った若者達の試み・第一弾が

先ごろ公開された。

 

走り出して6時間でツイッター再生が1万回を超え,75年目の敗戦の日を前にした公開から3日ほどでトータル27万回程度の閲覧となっている。

 

報道他によれば,日頃から郷土の史跡保存や,被災地のボランティアに休日を使って力を合わせている若者達が,大東亜戦争(アメリカ占領軍が強制した呼称が{太平洋戦争},閣議決定を経た正式呼称が大東亜戦争)敗戦に至る歴史に関する考え方の相違と対立を超えて,

 

皆がまず戦没者へ合掌して感謝する心を取り戻そうと広く静かに呼びかけたい,そのひとつのツールとしてYouTubeを使ってみようとして始まった試みだという。

 

 

 

プロジェクト発案者の青年経営者が(彼は僧侶でもある),このイギリス陸軍公式制作の短編映画に気付いたのが契機となった。

 

「戦没者を忘れないで・・・」と現代の国民に訴える内容を,第二次世界大戦の戦勝国でさえ陸軍自身が制作しているのか。

 

つまりは国家が国民へ呼びかけているのか。

 

それにひきかえ日本はどうなのだろう?

 

靖国神社問題に典型的に見られるように,日本のために倒れていった死者達にまず手を合わせる事も忘れて,長い歳月を不毛の争いに費やしているのでないか?

 

そんな疑問が湧き,先人達への申し訳なさでいたたまれない思いに苛まれたという。

 

イギリス陸軍の動画では,現代の街を誰にも気づかれないままさまよう戦没者の霊が,慰霊碑の下で疲れ果てて悲しげに腰を下ろしているところへ,まだ幼い少女が駆け寄って彼に気づき,優しく微笑みかけて手を小さく振る。

 

少女の無垢な魂とのふれあいで,自らが国に捧げた命を国民から忘れ去られている深い寂寥と悲哀から救われた若い兵士が浮かべる安堵の表情が強い印象を与える。

 

舞台を故郷の護国神社と街角に置き換えた基本構想を練って趣意書を作り,企画の紹介記事を添えてSNSで募金を呼びかけたところ全国から多くの賛同金が集まり,

 

映像制作のプロに依頼して新進気鋭の青年監督がメガホンを取る中,出演者は全員がボランティアで固めてこのプロジェクトは進み始めた。

 

撮影当日は弥生の終わりで,熊本市の桜満開予想にもかかわらず護国神社へ集合してみると桜は点々としか咲いておらず,一同はそれを気にかけながら諸準備を進めたという。

 

カメラが回り始めてほどなく,護国神社の境内を淡く優しい桜色がゆっくりと染め始めた。

 

それは,愚かしい政争の具とされ,敵対する国々からの不当な干渉によって翻弄され続け,学び舎ですら心無い教育労働者達によって貶められている英霊が,

 

現代を生きる若者達の優しい心映えによる可憐な試みと,共に手を携えようと力を貸してくれているようだったという。

 

まるで,熊本県出身の作家がヒットさせているアニメ「夏目友人帳」のワンシーンのような,詩情溢れる光景が五分咲きの桜に彩られた境内を柔らかく覆い,なぜか胸に迫る思いがあったとスタッフの一人は後日語っている。

 

それは,魂の交わりが生んだ,不可思議だが温かい臨在感だったのかもしれない。

 

今は棲む世界を隔ててはいても,まごうかたなき同胞同士の魂がふれあい,若者達の感謝と顕彰そして継承の決意を英霊が確かに受け止めてくれた瞬間だったのだろう。

 

今もまた,人吉や球磨といった今夏に大規模な水害を受けた地域へ,この若者達は出向いて真摯に汗を流している。苦しんでいる同じ郷土の人々のために何かをしたいという思いに突き動かされて。

 

そういった心根の若者達だからこそ,戦没者を十把一絡げに「間違った国策による憐れな犠牲者」として貶めておこうという,征服者アメリカが強いて75年になる無情かつ非道な扱いのお先棒を担ぐ心無い風潮に静かにプロテストしたくなったのだろう。

 

禁じられた楽器で禁じられた調べを奏でて。

 

英霊と魂の交わりを取り戻し,まず手を合わせて感謝の思いを届けようという若者達の小さな呼びかけが,

 

鵜の目鷹の目で敗者からの異論を圧殺しようと歪んだ情熱を滾(たぎ)らせ,裁判の名前に全く値しない野蛮極まりない復讐劇である東京裁判という「コメディ」が強いた歴史の観方への絶対的服従を未来永劫に強いるべく,

 

征服者のお先棒を恥知らずにも担いで居丈高に言論圧殺と死者達への侮辱をほしいままにする「敗戦利得者達」への,静かではあるが真摯で確かなプロテストとして,英霊が守ろうとした祖国の名誉を奪い返していく力になっていくことを真心から願う。

 

物資乏しき一国が足掛け五年もの大戦で担った尊い使命と,捧げられた高貴な犠牲に思いを致しながら,征服者とその犬達に奪われた民族の誇りを取り戻さなければならない。

 

今もなお,日本を守ってくれる英霊との約束として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナコロナと草木もなびく~と,武漢肺炎ウィルス,中共ウィルスが日々かまびすしい。

 

「感染者があああ!」「過去最大のおおお!」と連日やられると,

 

こいつらが不安を煽り立てる時は,後から振り返って検証すると必ず「真実隠し」と「不安を煽って大儲けした個人と団体」が浮かび上がる。

 

そして誰も責任を取らない。いったい誰がそんな事で不安を作り出して煽ったの?という顔をテレビ屋共はしている。どうせ大衆はバカなのだと言わんばかりのドヤ顔と嘲笑を噛み殺して。

 

といったパターンだがなと苦々しい思いが浮かんでくる。

 

21世紀のナチスである中国共産党だけに限らないが,わが国に敵対している国々のスパイとして活動する者や,いわゆるエージェント オブ インフルーエンスとして生きている者達への侮蔑と憎悪と排除の意思を持たないように,アメリカの占領政策によって飼育されてしまった結果だとはいえ,もうボチボチと殻を打ち破る時期だろうにと思う。

 

そう思いつつ何十年も春夏秋冬を迎えては送りしているうちにいたずらに馬齢を重ねてしまい,民族の誇りなき情けない植民地暮らしが長くなってしまった。

 

「独立を諦めさせる敵の作戦」にハマってボヤいてばかりではいけないが,短い夏の訪れとともにまたぞろ「8月のジャーナリズム」が猖獗を極め始めた。

 

そう揶揄され始めて長いのだが,征服者アメリカに洗脳された奴隷根性というのはなかなかしぶとい。

 

敵の走狗である下劣なメディアの手にかかると,すべての「戦争体験者」は,今後日本がどんな目に遭っても「絶対に戦争だけはしてはならない」と一様に考えていることになり,

 

確かに存在する,あるいはされた「大東亜戦争敗戦へと続いた怒涛の時代を生きた青春に悔いはない。たとえまた同じような時代に生まれようと再び祖国のために勇躍戦場へ赴き,血しぶく一戦をやり抜く決意は毫も変わらない」

 

と語る戦争体験者の方々は徹底的に無視する事が定石となっている。

 

ほぼ総ての記事と番組が「だから何があっても二度と戦争だけはしてはいけない チャンチャン♪」で締めくくられるのは非常に滑稽な奇観であり,

 

独居等の超高齢者の寂寥につけ込み,そういった言葉を引き出すように通い詰めろ!と手下の記者をそそのかす「デスク」の品性の賤しさは,人をして顔をそむけしめるものがある。

 

醜い奴らだなあ・・・敵の手先を進んで務める忠犬稼業か。おまえらこそが忖度の権化だ。

 

異なった意見,思想の存在を認めるのは民主主義の基本だろう?権力が自らに都合のいい「民意」へと誘導洗脳を強行するのを批判し押し止めるのがジャーナリズムの使命だろう?

 

なんて事を,日本人の殲滅対象である洗脳されきった売国奴共に言ったところでせんないことだ。

 

しかしながら,ほら!例の8月のジャーナリズムだヨと「満腔の好意ならぬ軽蔑」をもって報いて嘲笑する国民が増えてきているのも事実だ。

 

年々歳々,新聞購読者数が激減に次ぐ激減を重ねてきているのもまた事実だ。

 

ここは,独立自尊の敵であるいまいましい恥知らずな国賊共がせっせと墓穴を掘るのを,強く忍耐を持して見守ることにしよう。

 

いずれ必ず来る再びの独立の時,この汚れきった売国の豚共の一章が,誇り高い若き俊秀のペンによって永久に記されるだろう。

祖国を潰してなるか