「財務省の森友学園決裁文書改ざんで,省庁幹部の人事権を首相官邸に集中させている内閣人事局の弊害が,官邸に対し必要以上に忖度(そんたく)する空気をまん延させていると指摘されている。

 

人事面の官邸主導が強化された結果,時の政権が唱える政策が進めやすくなる一方,官僚が過度に官邸の顔色をうかがう傾向も強まった。

 

経済官庁の幹部は「かつて出世は国家百年の大計を競うレースだったが,官房長官への奉仕を競うレースに変容してしまった」と嘆く。

 改ざんだけでなく,学校法人「加計学園」の獣医学部新設の背景にも忖度があったと見る向きは多い。

 

自民党内では「官僚は閣僚ではなく官邸を見ている」(石破茂元幹事長)と人事局を問題視する声が出始め,

 

前身の民主党政権も人事局設置を目指した法案を国会に提出した民進党の大塚耕平代表さえ

 

「官僚が政権におもねる雰囲気が醸成されてしまった。人事局の見直しが必要になってくる」と制度見直しを主張した。

 

 

 官僚トップの官房副長官を長年務めた石原信雄氏は「官邸主導が強くなり過ぎ、官僚が萎縮しているのではないかと心配している。首相官邸には官僚が意見を言えるような対応をしてもらいたい」と「政と官」の在り方が問われているとの見方を示す。」   (要約)

 

             

 

内閣人事局に批判強まる=「官僚の忖度助長」―森友文書改ざん問題 のリードで時事通信社が配信した。 (H30/3/23(金) 7:06配信)

 

しかし,時事通信社が記者クラブ制度で「ズブズブと一体化している」経済官庁幹部氏が言う「国家百年の大計を競うレース」だけにエリート官僚達の多くが本当に粉骨砕身し,

 

やりたい放題の「天下り」に血税をジャブジャブ使い散らし,受け入れさせられる業界に過大な負担を強いては,そのしわ寄せを国民全般に押し付ける「盗人ゲーム」を平然と続けていなければ,

 

いくら現政権でも,世論の批判を恐れて,こうまで基幹人事を一手に握らなかったのではないか?

 

改ざん騒動に便乗して人事局を見直し,従前どおり各省に(基幹人事を)戻してしまえば,合法的な税金泥棒にかけては天才的なウソつき集団である「エリート達」は,

 

これ幸いと「昔の夢よもう一度」で盗みと寄生虫稼業に精を出すに決まっているのではないか?

 

もっとも,加計学園とは違って,朝日新聞の元社長や警察庁,もちろん文科省も続々と天下らせた成田市の国福大は平然とスルーして,

 

広島県警の「署内8,000万円泥棒」のように,ズブズブ記者クラブにとって都合の悪いことは「報道しない自由」を行使するマスコミの薄汚い手にかかれば,

 

たとえ,霞ヶ関=盗みヶ関=掠めヶ関各省が官邸から幹部人事を取り戻したところで,またぞろその芸術的な「騙しのテクニック」をフル行使して国民を欺き,

 

いかにも物事がまっとうな形態に戻ったかのような「正常化キャンペーン」を大々的に張っては,得意中の得意の真実隠しに腕を振るうのだろうが・・・。

 

本当に「諸悪の根源・記者クラブ」である。

 

このナチスの真似事を根絶しない限り,権力への正当な監視も,国民の権利の保障も夢のまた夢だ。

 

 

擲弾筒を抱えて疾駆する帝国陸軍兵士の像(鹿児島県望比公園)

 

*大東亜戦争中,フィリピン方面で戦死された山下大将ら47万6千有余の霊が鎮められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じ手を繰り返し使われるのは,ほとんどの場合,完璧にベロンされているか,諜報能力の欠如によって相手の意図が把握できないかのいずれか,または双方共だ。

 

4年ほど前に「農業規制改革実施計画」が閣議決定されたが,内容は自民党内には全く周知されておらず,「これでは郵政民営化と同じじゃないか!」との疑念が当時の野田総務会長らから示された。

 

在日米国商工会議所から政府あてに出された「要求」が(もちろん!?この外交文書は非公開),石丸 恭氏を座長とする官邸内のワーキンググループから出されて閣議決定された。

 

この「要求」は,全中と農協を解体して農業部門と金融部門に分け,農業部門を規制緩和によって株式会社化する。

 

準組合員制度を廃止しないのなら,JA全体に適用されている独禁法特例を廃止すること等,恫喝に等しいものだ。

 

こんな流れで,農協理事に販売と営業の専門家を入れて民営化への準備とし,全農を株式会社化する規定を入れる他を謳った,

 

「60年ぶりの大改革」と植民地総督殿が誇示した農業関連法改訂が成立してしまった。

 

今春の種子法廃止も,こういった一連の「脅しに屈した,あるいは嬉々として自ら従った」流れで,わが国のコメの優れた種子を維持するための「予算根拠」が消されてしまった。

 

総ては,日本の農業組織を破壊して,あの悪名高き枯葉剤を作ったモンサントに代表されるアメリカの大農業資本に侵入させるための「地ならし」だった。

 

農協法改訂で就任する「民間理事」を使って,モンサントの「推奨」が行われることは火を見るより明らかだ。

 

 

GM(遺伝子組み換え)種子市場で90パーセントという圧倒的なシェアを誇るモンサントが日本農業に対して構える銃のトリガーに指をかけている。

 

こういった背景が,記者クラブ・マスコミによってお茶の間に注意喚起されることはもちろん無い。

 

どころか,「儲かる農業へ!」「地方を元気に!」「規制緩和を待っている農家はいっぱいいるんだよ!」なんて,

 

食糧安保の視点皆無でマスコミと組んでは「侵略幇助」へ付和雷同しながらムードを醸成する地方議員も山ほどいる。

 

「こんなアマちゃんなことで弱肉強食の地球を渡れるかよ」という庶民の呟きをよそに,大東亜戦争に引きずり込まれた「まんまと嵌められる図式」は繰り返されている。

 

言行不一致のまやかしにもほどがある。

 

 

「美しい国」や「戦後レジームの超克」は,羊頭狗肉のコメディだったようだ。

 

自分の身は自分で護るを「基本」にしないと万年舎弟暮らし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前文科次官の前川氏「教育の戦前回帰に憂慮」 京都で講演

H29/12/14(木) 22:55配信 (京都新聞から要約抜粋)

 

「第1次安倍政権による教育基本法改正を経て、日本の教育は戦前回帰の排外的な方向に進んでいるとの憂慮を示し、多文化共生の道を歩むべきだと講演で強調した前川氏。

 

改正後は、国と郷土を愛する態度が強調されたのがイカン!と主張。「教育行政をやる中で『南京事件はなかったと教科書に書け』といった政治の要求に四苦八苦した」とも。

 

「戦前回帰に社会をもっていくか、未来志向で考えるかの分岐点にいる」と訴え、国を愛する心は必要か?と批判的なトーンに終始した。」           

 

                要約抜粋終わり

 

戦前回帰の排外的な方向に進んでいる・・・とは不思議な感性で,領土侵略や拉致に対して「排外的にならなすぎて」悩んでいるところなのに。

 

国家安全保障を等閑視した「多文化共生」も無いもので,いい歳コイた爺さんが何を甘ちゃんなことをホザく?といった感じ。

 

また,最近の中学校での講演へ文科省がチェックを入れるのは当然で,前川擁護に各馬一斉にスタートしたNHK始め記者クラブ・マスコミは,

 

前川が組織的な天下り斡旋で辞めさせられた国民への裏切り者だという点を「故意に報道していない」

 

また,現行教科書の反日ぶりへの素直な驚きを口にした部下に「おまえは右翼かあ~!」と前川が怒り狂って怒鳴りつけた事も隠している。

 

どころか,現政権に立ち向かう義賊ロビンフッド的に美談仕立てにして恥ずかしげもなくネタとしている。

 

これは,軍神美談詐欺に熱中した戦前戦中と全く同じで,毎年毎年「反省!反省!あの戦争~」を連呼する夏は全くの嘘っぱちだとよくわかる。

 

また,教育への「国の不当な支配」は許されない!なんて,

 

まるでNHKの「こちらの編集権は不可侵だ!でも金だけは払えよ!おまえら~」という自己チュー極道主張と同じような妄言を撒き散らすが,

 

これまで,日教組のやりたい放題に正当な介入と抑制をしてこなかった無責任で臆病な国の姿勢こそ糾弾されるべきだ。文科省は何のために血税で養われているのか?

 

日教組は公金に寄生して好き放題やるのなら全員辞めて自分達で稼いで私学を創れ,国の補助は1円も貰うな!である。

 

アカの跳梁跋扈を許した結果,現在のわが国がいったいどうなってしまったのか?といった視点を持つメディアは無いのか?と。

 

結論として,前川氏は性風俗視察の前にすることが,自己再教育を含めて山ほどあったのだ。

 

そもそも,国と郷土を愛する心を強調するのは各国やっていることで,それすら解らないのが国民への背信の挙句に約8,000万円も退職金をせしめる日本国の教育行政とは何か?といった話だ。

 

ナショナルなものこそがインターナショナルなのだといった公理を隠し続けるのが,宗主国アメリカが強いた占領政策を今なお死守し続けるトレイター共の使命なのだろう。

 

 

   

     草の剣は抜かれないまま