セクハラだ,セクシーヨガだ,買春だ,なんだかんだと,女がらみの不祥事ジャンル!?に東大卒が揃い踏みしている。

 

緊急事態に備えるべく公用車での移動はやむをえないセクシーヨガはともかく

 

(それでもまあ,へそやセガレを押したり弾いたりしてもらったかどうかは知らないが,身内にというか全国に知られては少々恥ずかしいだろうけど)

 

職権を乱用してセクハラする卑劣さがバレても恥じ入る様子がカケラもない厚顔無恥さには,

 

足元を見て弱みにつけこんでは「あわよくばこの女をタダで!」ともくろむセコくてゲスな根性が業界を問わず世の中にありふれているとはいえ,

 

公金でまかなわれる職位に伴う責任感と自律心のいちじるしい欠如と,成人後に施すべきだった自己教育の足りなさを感じないわけにはいかない。

 

有名私立大の学生を買春していた元知事殿が,そういった交渉に及んでくるならば相手の本性は立派なビッチだという単純な真実に思い及ばず,恋愛感情に耽溺していたように見えるのは哀れでしかない。学生じゃあるまいし。

 

誰ぞが,こいつらよっぽどモテなかったんやろなあ~と,感嘆とも侮蔑ともつかない複雑な感想をテレビで述べていたが,そう感じた男女は多かったと思われる。

 

国家の要職に就く者達は,百戦錬磨とまでは言わないが,ごく普通に異性との交際もし,失恋の何度かくらいは味わったりもして,男女間の機微に多少は通じるくらいの社会性を養ってもらいたい。

 

財務省などは,いい年こいたオッサン達がぞろぞろと,いまさらのように国民へのポーズとして「セクハラ研修会」なんてやってみせてはまたぞろ血税を使い散らしているが,

 

国家運営の基幹を担う官庁が,これほど非常識な税ドロで満たされ,立場を利用する卑劣さや,女性のまともな口説き方と単なる下ネタ吐き散らしとの違いすら解らない愚鈍で臆病な人間の群れに溢れているといった実態には,

 

それこそ国民の方が「それはいくらなんでも・・・いくらなんでもそれはご容赦ください!」を連呼したくなる。

 

こんな非常識極まりない,臆病で卑怯なくせに歪んだ特権意識だけは肥大させた「タカリ集団」を税金で養わせられては,国民はたまったもんじゃない。

 

こんな奴らは日本丸にへばりついた「牡蠣殻」なのだから,

北の刈り上げ将軍に無償で引渡して高射機関砲の的にさせたらいい。

 

ごっそりいなくなれば,消費税を廃止してもお釣りがくるだろう。

 

また,メディアは二言目には「エリート,エリート」と大げさにもてはやすが,ノブレス・オブリージュの意味をよくわきまえて言葉を使ってほしい。

 

一例としてベネツィア共和国を挙げれば,かの国では国政を担当する階級は個人的な資産の有無にかかわらず「貴族=ノービィレ」と呼ばれて数々の特権を与えられていたが,

 

その特権に伴う義務は,常に第一線に立ち,自らの命の危険を顧みずに国家のために戦うこと(もちろん戦争を含む)だった。

 

かつてのヨーロッパ各国の軍隊では,将校団を構成するのは貴族階級出身者が多かったが,

 

平時には貴族としての特権を享受する代わりに,祖国の危機には文字どおり指揮官先頭で真っ先に突撃して命を捧げるのが「当たり前の」ことなのだ。

 

高額な給与だ,様々な特権だ,あげくは無駄飯食いの穀潰しの極みである「天下り」に血道をあげて国民全般をしゃぶりつくすが,

 

いまだに「交戦権」も「軍隊」も「諜報機関」も持とうとせず,アメリカにおんぶにだっこで世界中に恥をさらして平気の平左という情けない根性だ。

 

多くを与えられるものは多くを要求される。

 

そういった根本に「気づかないふりをして」いやしい盗みとタカリを繰り返す者達を,我が国以外ではエリートなんて呼ばない。

 

強いて言えば「エリート詐欺の皆さん」とでも呼ぶがいい。

西郷南洲顕彰館の座像(鹿児島市)

 

館長職は,県職員と南日本新聞社の

「天下り先」として仲良く分け合っている。

 

西郷どん は,そういったことをもっとも

嫌い戒めた人物だったのだが,都合の

悪い遺訓はスルーするわけだ。