何万人目だかの「節目入場者」というのがある。
居合わせたことはないが「パンパカパーン!」といった感じでクスダマが割られ,
ローカルニュースなどにインタビューが映るアレだ。
鹿児島県の知覧で今夏それがあった。
県外から小学生の孫を連れてきた69歳の男性が「当たった」らしく,来館の理由を問われていた。
彼は「忘れないために連れてきました」とだけ答え,そのとおりに音声は流れていたが,
テロップにはなぜか,「(過ちを)忘れないために連れてきました」と流されていた。
過ちを?
これではまるで特攻隊員達は「過ちの哀れな犠牲者」のようではないか?
彼はひょっとしたら,統率の外道ではあった特攻作戦を再び繰り返すことなく,祈りかつ備えて,
特攻作戦を絶対に用いない賢明かつ堅牢な国防体制を整えてほしいと思っているかもしれない!?
どうせ身勝手編集でどうにでも印象は変えられるし,自分達に迎合する視聴者だらけだゼ~とマスコミは思っているだろうし,
この69歳氏も「こういう答えをマスコミは期待してるだろう」と「忖度」したのだろうが,
御遺書を拝読すれば一目瞭然であるように,特攻隊員達のほとんどは煩悶の中にもひたすらに,
ともかくも故郷を,弟妹や両親を,そしてこれから生まれてくる多くの命を,
ひとつしかない自分の命を盾として,押し寄せるアメリカの魔手から守り抜こうという崇高な決意をした人々だった。
つまりは,高貴な愛のわざを行った「英(ひい)でた霊」だった。
72年経っても続く,征服者が強いた「奴隷の平和路線」の強要は,公共の電波を使ったデキレースによってしつこく続いているようだ。
