スコットランドの釣鐘草という著名な歌に

「旗をなびかせて行ってしまった  崇高なる遺業がなされる場所へ。
一人心に想う  彼が無事に帰ってくることを」 という,

出征した夫や恋人の帰りを待つ,悲しくも美しい女心を記した尊い歌詞がある。

「崇高なる遺業がなされる場所」とは戦場のこと。

どこかの国のように,ひとつしかない命を,他の多くの命を守るために捧げようとする決意を「奴隷的苦役」だなんて貶めてはいない。

防大の任官拒否(拒否はマスコミ造語で本来は辞退)の記事を見て,そんなことを思った。

防大在学中に身体を傷めて幹部不適になったり,家業が傾いて帰郷しなければならない者もいる。

やむなく任官辞退となる者がいることは,私も一般大学から幹部候補生学校へ志願入隊して初めて知った。それまでは,辞退の内訳を明らかにしない悪意の報道を信じ込んでいた。

内訳を明らかにしないのには訳がある。自衛隊への入隊志願者が減ったと騒ぐのも,自衛隊父兄会に取材して,本当か嘘かは例によって知らないが,

災害救助の組織ならいざしらず本当に戦争の危険が迫ってきたから子供をやめさせるという母親が増えてきたと「伝える」のも訳があるのである。

総てが嘘とは言わない。しかし,人の不安を煽ってはつけこむ薄汚いやり口だ。

自治体に無理強いして入隊適齢の若者を漁っている,形を変えた「企業徴兵」すら進んでいるとまで書き立てるのは,わが国の安全保障によほど支障を来させたいのだろう。

いったいどこの国のための報道なのか?

「ざまあみろ」や「募集に影響を及ぼしてやる」式の悪意が露骨に伝わってくる報道を繰り返して,誰に忠誠を尽くしているのだろう?

暴力団も呆れる反社会的集団ぶりだ。表面だけは紳士淑女面するからよけい始末が悪い。

再びの建軍をする覚悟を国民が持たない限りは日本の独立自尊は無い。もう70年にもわたった観念遊戯の時は終わった。

自前の諜報機関を創って世界中に諜報網を張り巡らし,極力先手を取る外交で無駄な戦争を減らしつつ,

スパイ防止法を整えて,要人をスキャンダルから守る事も含めたカウンターインテリジェンスに万全を期す。

若者ばかりを前線に押しやるのではなく,スイスのように国民が一致団結して侵略者に耐え難い出血を強要する態勢を本気で構築しなければ平和は維持できない。

これができなければ,自分達さえ生き長らえるなら,よその国の人はいくら死んでもかまわないという,国際社会の譲らぬ決意とは真逆の「究極の自己チュー」に堕落してしまう。

「巻き込まれる」とは一般に「無関係の事に引きずり込まれる」ことを言う。

日本を護る戦いは,本来は言うまでもないことだが日本人のみが引き受けるべき戦いだ。

自分の子供はどこの国のママだって可愛い。普通なら自分の命に代えても護ろうとするものだろう。

ならばなぜ,よその国のママの胸中を思いやれないのだろうか?

何者よりもいとおしいわが子を,やむをえない場合には故郷とその連なりである国を護るために,

涙を拭って送り出さなければならないと思い定めているのが,わが国以外の大多数のママ達である。

「絆抱くペリリュー・日本を愛する島」