シールズを名乗る者がISへ「一杯飲んでの話し合い」を呼びかけたら「おまえ達を殺す」と回答があり,それきり沈黙しているようで,平和憲法の神通力を証明しそこなったようだ。

インドネシアでの戦闘行為によってジャカルタがよく映っている。かなりの日本人社会があり,マスコミ各社の記者も大勢住んでいる。

8月17日がインドネシアの独立記念日で,独立記念塔には17805と刻まれている。これは,神武暦2605年の8月17日という意味だ。

盛大なパレードには必ず日本軍が登場し,青年達による「竹槍突撃」のアトラクションもあり,日の丸も掲揚され君が代や軍歌も演奏されている。

現地の日本人?記者達はこれを知らないはずがない。

大東亜戦争(太平洋戦争)に日本が敗れ,日本に追い払われていたオランダがインドネシアに帰ってきて再び植民地支配をしようとした時に,当然のように庁舎にオランダ国旗を掲げたら,インドネシア人の若者が駆け上がって引きずりおろした。

もうインドネシア人は,犯し放題,殺し放題が350年間できた「歩くゴムの木」ではなくなっていた。

4年で80万人が戦死したスラバヤ戦争が始まり,オランダは去って行った。

約2000人もの日本軍兵士達が,独立を約束した日本の信義を守るために参戦し,指揮官として戦って半数が戦死し,今もカリバタ英雄墓地に葬られている。

生き残って帰化した元兵士が亡くなると,インドネシア国軍が公式の葬儀を執り行い,国旗で包んだ棺を英雄墓地へ埋葬する。

こんな歴史をマスコミはお茶の間に決して届けようとしない。届けないのには理由があるのだろう。

「日本に反省と償いを求めるアジアの人々」はいてもらわないと困るが「数百年間の白人の植民地支配に挑む戦争を引き起こし,行政・教育・軍隊の建設と運営を共に汗を流しながら伝えた日本に感謝するアジア」はあってはならないから,

見ざる聞かざる言わざるを70年決め込んで自己検閲しながらナチスと同じように報道統制をしている。

アセアンは日本が大東亜戦争を引き起こさなければできなかった。恩に着せてはいけないけども,他ならぬアジアの指導者達が「日本は難産をして我々を産んで傷ついたお母さんだ」と繰り返し言ってくれている。

歴史には光と影があるのだから,誇りをもって戦い,かけがえのない命を捧げていった名もなき先人達の姿も,バランスよく伝えていくべきではないだろうか。

伝説となって今もアジアの人々に勇気を与えてくれている先輩達をなぜ隠すのだろう?

いったい誰の手先になっているんですか?御先祖様を罵って嬉しがるなんて,ひょっとして変態?