日本人二人が人質に取られて結局は殺された「人質事件」の報道も一段落したような気配である。

 今となって急に,勇ましくテロとの戦いをブチ上げつつ国民の血税をバラまいて,結果として地球上のどこでも日本国民を標的とされるという「大失策」を冒した首相の恥さらしと不手際と物笑いを糊塗するつもりか,

人道支援という言葉を氾濫させつつ「すり替え」にいそしむメディアは,忠犬ナチ公の本領を発揮して面目躍如たるものがある。

 戦争状態において一方の当事者へ資金を差し出せば,敵に味方する者は敵だから自ら宣戦布告したのに等しくなるのは当たり前以前のことで,人道支援にしか使ってもらうつもりはないなどと愚にもつかぬ子供の言い訳をしたところで何の役にも立たない。

 今回に限らず,自衛隊の運用における「後方支援」の概念もだが,後方だろうが何だろうが,繰り返しになるが敵を助け支える者は敵である。

 こんな初歩の初歩をいまだに馬鹿げた神学論争の材料にしている場合ではないのであるが,こんなことだから,与党の若手国会議員でさえ,

 配布するビラに「僕は自衛隊が,同盟国が危機に陥った時に救援に駆けつけるべきだと思いますが,いかなる戦争にも絶対に反対です」なんて,子供でも吹き出しそうな馬鹿げた言葉を書き連ねることにもなるのだ。

 戦争している真っ最中に駆けつけて隊員に「平和憲法」でも配らせるつもりなのか?

敵をダンスにでも誘うのか?

こんなにも軽い人命軽視の無責任な言葉を連ねるのなら,まず自分自身が先頭に立って地雷原へでも踏み込んでみたらいいだろう。

 今回の事態で,植民地総督府である政府が見せた,無為無策のくせに何か対応しているようなふりだけをする醜態は,自前の諜報機関を持たない国の哀れさを嫌と言うほど国民に見せつけてくれた。

 勝つためには策がいる,策を立てるためには偵察がじゅうぶんでなければならないのは自明の理だが,独自の諜報網を全く持たず,総ては宗主国アメリカ頼みの総督府では,危機管理など夢物語なのは当然である。

 これまでのタリバン,アルカイダの例を持ち出すまでもなく,イスラム国の背後にもやはり,高度な国家戦略的必要性からアメリカとイスラエルの「意思」は働いているだろう。

とすれば,イスラエルと日本の議員連盟の役員を務めた中山が「指揮を取る」なんてブラックジョークもいいところで血税の無駄遣いだから,気分次第で怒鳴り散らされる役人達もさぞいい面の皮だったろう。

 在外公館は,外務省と駐在武官とが協力一致して,現地の自国諜報機関のリアゾンオフィサーが育て上げた諜報網を駆使して平素から情報収集に当たるのが日本以外の国の常識である。

 スパイ防止法も無く,主としてリクルートした現地人を工作細胞として組織し,緻密に運用する自前の諜報機関も皆無の日本が,まともな危機管理ができないことを,今回あらためて地球全体に宣伝してしまった。

 まさかと微かに思っていた国々も,今度という今度は腹を抱えて笑い転げ,日本というアメリカの植民地が正真正銘の「のび太ATM」であることを知って内心ほくそ笑んだわけである。

 日本がアメリカの植民地であり続けることを欲する人々にとっては,国内に潜伏するスパイ達が排除されることは,何よりも自分達を筆頭に絶対に望ましくないことである。

中露韓ばかりでなく,アメリカとイスラエルにとってそうなのである。

 多くの「電波芸者達」を主力としてなされた洪水のような報道が,事態の本質から国民の目を逸らさせる狙いを持っていたのもそのためである。

 イスラム国と呼ぼうが呼ぶまいが,日本を制圧している国々と,日本人の皮を被ったその手下達にとってはどうでもいい。

 要はよりいっそう,日本人の富と命を望みどおりに奪い取れればいいのだから。

 日本人の敵はまず,自らは宗主国である支配者たちに忠誠を誓いつつ,日本を売りとばして生贄とする日本人だ。

 自衛隊にとって「敵は本能寺にあり」の時が迫りつつあるのではないか。

オピニオン誌「日本主義」 時評コラム「エトスとしての隷従」掲載分