3分間スピーチは自衛隊にもある。

簡潔に要点を絞って,伝えたいことを表現し,時間内でまとめる練習だろう。

陸上自衛隊の幹部候補生学校時代に聴いたスピーチで,ジョー・ロスというアメリカの青年の短かった人生が強烈に印象づけられた。

ある朝,細面でスレンダーな,そのままイケメン俳優になれそうな風貌の防衛大学校出身者が,キビキビした動作で皆の前に進み出ると話し始めた。

ジョー・ロスの病魔との敢闘を聞き知っていた私は,彼もまた,ジョー・ロスの人生に感銘を受けたのだろうと思って聴き入っていた。

彼は,アメリカンフットボールでピンポイントパサーとして勇名を馳せたスタープレイヤーだったと,敬意がこもった口調でジョー・ロスを紹介し,この中に誰かジョーを知っている者はいるか?と問うた。

私一人が挙手すると,イケメン君の表情に意外の感が現れ,すぐ切りつけるような調子で「では,彼の母校はどこですか?」と尋問するように聴いてきた。

そこには,厳しい学生生活を送ってきた我々と違い,自由に遊びほうけていただろう一般大学出身者にいいかげんなことは言わせないぞ!といった,ある種の敵意と差別意識さえ感じられた。

幹部候補生学校には,防衛大学校出身者は無試験で入ってくるが,私のような一般大学出身者は選抜試験を経て入隊してくる。

共に教育訓練を受ける中で,まるでかつての日本で,海軍兵学校などのエリートコースを歩んだ生え抜きの将校が,

学徒出陣で臨時雇いの俄か将校となった若者を見下してプライドを維持していたかのような,そんな空気を感じることはままあった。

もちろん,双方が常に敵意を抱いていたということではないし,同世代の若者としての親近感は当然ながら持ってはいたが,

このイケメン君のように露骨にそれを出すように見えるタイプには,一般大学出身としても「何を!早々と型にはめられたくせに」という感情を持ってしまうのも致し方ないことだったろう。

「カリフォルニア大学バークレー校」と私が答えると,彼は満足そうに頷いて話を進めていった。

煌めくばかりのスタープレイヤーだったのに皮膚癌に侵されたジョー・ロスは,最後の最後まで希望を捨てずに明るく戦い抜いて世を去った。

一九七七年にジャパンボールで来日直後のことだった。

背番号十二番はカリフォルニア大学の永久欠番で、今もなお,毎年ライバルチームとのホームでの一戦はジョー・ロスメモリアルゲームとなっている。

イケメン君のスピーチで,私は,多くを与えられた者は多くを要求され,時には過酷な試練に見舞われるのだろうと感じることができた。

また,神に愛され過ぎた者は,地上での命が短いのかもしれないとも思った。

後年,自分自身が夢にも思わなかった癌に罹ってしまったけれど,神から何も期待されず,愛されもしないおかげで?いまだに馬齢を重ねている。

卒業までの間に,イケメン君とは何度か話す機会を得たが,誇り高く嫌味がない好青年だとよく解った。

逆に一般大学出の持つ防衛大学校出への偏見をも解きほぐしてくれたように思う。

ジョー・ロスという,同時代を生きた青年が見せてくれた真摯な生への向き合い方は,今もなお多くの人々に力と励ましを与えている。