まだまだ続くと思っていた昭和の終り,陸上自衛隊幹部候補生学校の外出前の服装点検の場での光景である。

幹部候補生たちが外出や外泊に出かける前には,整列しての服装容儀検査があった。

いわば,組織の対面を汚したり,奇をてらい過ぎて一般社会からの顰蹙を買うようなことがないようにという検査で,職責上も,これはこれで意味のあることだったと今も思う。

検査には教官達が主として当たるが,なにしろ昨日まで学生だった若者がほとんどだから,彼らも不祥事が起こらないよう祈るような気持だったことだろう。

学校は久留米市にあったから,繁華街の規模から言っても目標に定めるのは博多の中洲が多かったが,日頃から分刻みで追いまくられる暮らしだったためもあり,

私服に着替えて整列した私達は,既に心ここにあらずといった浮き立つ気持ちを抑えきれないのが常だった。

日高という名前の,鹿児島県出身の教官がいた。小柄な体に精気を漲らせ,情熱溢れる教育指導をする人だったが,

同郷の森という候補生を見かけると「森!今日も桜島は燃えとるぞ~」と,大声で気合いを入れるのが目立っていた。

この日高教官から外泊前の特別指導があるとのことで,一同は「気を付け!」の不動の姿勢を取った。「休め!」と共に後ろに手を組んでやや両足を開くと,私達は彼の口元に注目した。

ところがである。

いつもは,あれほど歯切れよく,文字どおりの率先垂範,溌剌とした模範的態度で候補生を引っ張っていく彼が,妙にモジモジしてなかなか口を開かない。

どこか体調でも悪いのか?それとも言いたいことを度忘れしたのかと,一同が無言のうちに心配になり始めた頃に,意を決したように宙の一点を見つめた彼は,

気合いを入れる時の癖で僅かに首を横に振ったかと思うと大声で「おまえたち!遊ぶ時には帽子をかぶれえ~っ」と叫ぶと,厳しい表情のままで沈黙した。

一呼吸置いて,インドへ留学中の恋人からエアメールをよく受け取っていた,卒業後に対戦車ヘリのパイロットになった候補生の「ハハハ」という朗らかな笑い声が響いた。

釣られるように何人かが笑ったが,私のように何の謎かけ?だかまるで解らない者もまた多かった。

教官はやや頬を染めると「これをもって特別指導を終わる!」と宣し,私達は「気を付け!」をして敬礼し彼は下がった。

朝日新聞だけではないが,恥ずかしいことに発端は日本人自らの悪意に満ちた捏造と歪曲によって始まった「いわゆる従軍慰安婦問題」に見られるように,戦場と性が抱える悲喜劇は世界史の中で枚挙に暇がないほどあるが,

これに関する報道が流れるたびに私は過ぎ去った青春の一コマとしての「特別指導」を思い出す。

教官は,ひたすら衛生面に留意し,間違っても罹患等で部隊の戦力低下を招くような失態を演じるな!と諭したのである。

これは今日もなお,世界中の軍隊が直面している切実な課題なのだから,生意気にも,軍が慰安婦の衛生管理や労務管理に厳正に関与する慰安婦制度を持たないままで占領直後の日本で何千件という強姦や輪姦をした恥知らずなアメリカや,

ドイツ人や日本人の女性を鬼畜そのものの唾棄すべき獣慾のはけ口にしては,その多くを自殺に追いやったロシア(旧ソ連)などが,

性奴隷だ女性の人権だなどと偉そうに能書きを垂れる資格があるか!と,微笑ましい思い出は理不尽さへの怒りへ変わったりもする。

このあたり,世の男性諸賢はなかなか,女性達の前で口にしづらいところだろうけれど,本当はみんな,わが身にも覚えがあって,

先人達の苦しみを察しているのではないかと,どうせ新聞は書かないだろうから私が書き記しておくことにした。