いつの頃からだったろう。新幹線などでのアナウンスで,英語に加えて中国語と韓国語を必ず聞かされるようになったのは。
あれは,湯布院や鹿児島などの観光地に,両国の観光客が溢れ始めたのと正比例していたような気がする。
竹島や尖閣などの領土侵略は言わずもがな,国を挙げての「日本へのヘイトスピーチ」に余念がない両国は,デモのプラカードには「日本人は皆殺しだ!」などと書き,
拉致の後見人として暗躍していながらシレっと六か国協議にお出ましになり(これはそもそも日本政府がアホなのだが)日の丸を路上に敷いては踏みつけて通るなどの幼稚で下品な真似をする。
海南島のホテルの入口では,後ろ手に縛り上げられた東條英機元首相の像を置いて,通り過ぎながら唾を吐きかけたりもしている。
わがメディアの皆様は,知ってか知らずか報道してくれることは絶対にない。
朝ドラで有名な?反日電波押し売り公共放送局や,意図的な誤訳と改竄配信が得意な共同通信様を始めとして,
なぜかチベットや東トルキスタンの人殺しや強姦と強制堕胎を長年の「趣味」とする独裁国家を日本のメディアは大好きなので致し方ないのかもしれないが,ずいぶんと変態な皆さんである。
両国が,ネット上で自ら恥ずかしがっているとおり,民族性なのだろうが,ともかく自分達が観光地を貸し切ったかのように喚き散らす(喚いているとしか当方には思えない)騒がしさにはほとほと閉口する。
旅の情緒も,周囲の多民族への気遣いも何もあったものではない。
方言と英語を懸命にチャンポンしては売りまくる現地の方々を見れば「食べるためには売らなきゃならないんだよなあ」といった気持ちも湧くが,
対馬あたりで神社の絵馬に「ヘイト落書き」をベタベタと残してみたり,えげつないトイレの使い方をされたりでは,そんなに嫌ならゾロゾロと入国してくるなという気持ちにもなる。
かつて何百年もの間,アジア各地を欲望の赴くままに植民地支配していた欧米列強の帝国主義に対して,独立運動を始めた各地の活動家達が,希望の灯台として亡命先に選んだのは日本だった。
大アジア主義と呼ばれた,中国と朝鮮そして日本が手を取り合って,欧米列強をアジアから追放し,それぞれの独立を勝ち取ろうとした時代の理想が確かにあった。
民間構想としては,日韓対等合邦さえ推進されようとしていたし,中国にも,信義に厚く道理をわきまえ,最後まで死をもって日本との盟約を貫いた高潔な人々もいたのである。
いまや三者共に,子供の頃からの徹底した反日洗脳により,かつての文字どおり命を賭けた友情と共闘の理想を忘れさせられ,わが国は,福沢諭吉が匙を投げて示さざるを得なかった脱亜の方向へと,不幸にも憎悪と軽蔑をたぎらせて向かっている。
三者が融和し,日本という母親が難産をして産み落とした他のアジア諸国と手を取り合って繁栄の道を歩めば,もっとも困るのはアメリカである。
東京裁判というコメディをフルに使い,せっかく狡猾の限りを尽くし,マスコミと公教育を走狗として七十年近く積み重ねてきた「植民地支配」の苦労が水の泡になる。
傍若無人で不快な喧噪に包まれながら,三者で掲げた理想と気高い友情の
歴史に思いを致す時,ふと無念でたまらなくなることがある。
あれは,湯布院や鹿児島などの観光地に,両国の観光客が溢れ始めたのと正比例していたような気がする。
竹島や尖閣などの領土侵略は言わずもがな,国を挙げての「日本へのヘイトスピーチ」に余念がない両国は,デモのプラカードには「日本人は皆殺しだ!」などと書き,
拉致の後見人として暗躍していながらシレっと六か国協議にお出ましになり(これはそもそも日本政府がアホなのだが)日の丸を路上に敷いては踏みつけて通るなどの幼稚で下品な真似をする。
海南島のホテルの入口では,後ろ手に縛り上げられた東條英機元首相の像を置いて,通り過ぎながら唾を吐きかけたりもしている。
わがメディアの皆様は,知ってか知らずか報道してくれることは絶対にない。
朝ドラで有名な?反日電波押し売り公共放送局や,意図的な誤訳と改竄配信が得意な共同通信様を始めとして,
なぜかチベットや東トルキスタンの人殺しや強姦と強制堕胎を長年の「趣味」とする独裁国家を日本のメディアは大好きなので致し方ないのかもしれないが,ずいぶんと変態な皆さんである。
両国が,ネット上で自ら恥ずかしがっているとおり,民族性なのだろうが,ともかく自分達が観光地を貸し切ったかのように喚き散らす(喚いているとしか当方には思えない)騒がしさにはほとほと閉口する。
旅の情緒も,周囲の多民族への気遣いも何もあったものではない。
方言と英語を懸命にチャンポンしては売りまくる現地の方々を見れば「食べるためには売らなきゃならないんだよなあ」といった気持ちも湧くが,
対馬あたりで神社の絵馬に「ヘイト落書き」をベタベタと残してみたり,えげつないトイレの使い方をされたりでは,そんなに嫌ならゾロゾロと入国してくるなという気持ちにもなる。
かつて何百年もの間,アジア各地を欲望の赴くままに植民地支配していた欧米列強の帝国主義に対して,独立運動を始めた各地の活動家達が,希望の灯台として亡命先に選んだのは日本だった。
大アジア主義と呼ばれた,中国と朝鮮そして日本が手を取り合って,欧米列強をアジアから追放し,それぞれの独立を勝ち取ろうとした時代の理想が確かにあった。
民間構想としては,日韓対等合邦さえ推進されようとしていたし,中国にも,信義に厚く道理をわきまえ,最後まで死をもって日本との盟約を貫いた高潔な人々もいたのである。
いまや三者共に,子供の頃からの徹底した反日洗脳により,かつての文字どおり命を賭けた友情と共闘の理想を忘れさせられ,わが国は,福沢諭吉が匙を投げて示さざるを得なかった脱亜の方向へと,不幸にも憎悪と軽蔑をたぎらせて向かっている。
三者が融和し,日本という母親が難産をして産み落とした他のアジア諸国と手を取り合って繁栄の道を歩めば,もっとも困るのはアメリカである。
東京裁判というコメディをフルに使い,せっかく狡猾の限りを尽くし,マスコミと公教育を走狗として七十年近く積み重ねてきた「植民地支配」の苦労が水の泡になる。
傍若無人で不快な喧噪に包まれながら,三者で掲げた理想と気高い友情の
歴史に思いを致す時,ふと無念でたまらなくなることがある。