海のない町で育った。水に親しむのは小川やクリークでだった。

小学校中学年の梅雨、外で遊べない雨降りの昼休みに、教室の後ろに友人たちが集まって何か相談していた。輪に入ってみると魚釣りの相談だった。鮒と鯉くらいしか名前が浮かばない私が「何を釣る?」と思わず聞くと「はや」という耳慣れない名前が返ってきた。

道具を持たない私には友人の兄が貸してくれることに決まり、梅雨空の重たい休みの日の午後に何人か連れ立って近くのクリークに出かけた。濁った水の流れに目を凝らすと魚影は濃かった。見よう見まねで糸を垂らすと、まもなく左右で次々と友人達が釣り上げ始めた。

そのうち、皆いつのまにかクリークへ入って釣りだした。運動靴にゆっくり浸み込んでくる水の感覚も気にせず、ポツポツと水面を叩き始めた雨にも気づかずに「はや」との対面をひたすら私は待った。

いつまでたっても当たりのない私を見かねて、友人が私のエサを取り換えてくれた。こんなことぐらいで釣れるのか?と半信半疑のまま私はまた糸を垂らしてみた。

雨足が強くなり、水面に踊る水玉模様を見つめていると全身が濡れてきて気持ちよかった。体を動かすと、頭から爪先へと流れ落ちるコースが変わってしまう気がして、私はじっと動かずに糸を軽く支えて立っていた。

急に引きを感じた。生まれて初めてのそれは、まるでイルカがかかったのかと思うほど大きく強く重たく感じられ、私は思わず両足を広げて腰を落とした。

「引かんね!引かんね!」と様子に気づいた友人が叫んだ。手繰り寄せてみると、姿を現した魚は銀色の体を元気よくくねらせ友人のバケツの中に落ちた。

針をはずしてくれた彼が「さわってみたら?」という仕草をした。頷いて右手を伸ばしてつかみ上げると、ビクビクと勢いよく動いた魚は、ぬめりにも助けられ私の手からスルリと抜け出してまたバケツへと踊りこんだ。

それからは次々と釣り上げて四、五匹を数えたけれど、初めの一匹のような嬉しさと新鮮さはもう感じなかった。

やがて雨も小降りになり、飽きてきたみんなは誰からともなくクリークから這い上がった。何気なく手の匂いを嗅いでみると生臭かった。

私は、ともかく肉も魚も徹底的に火を通さないと食べない母を思い起こし、川魚を食卓で見かけたことがないことも思った。

バケツを指さして「これ全部もらっていい?」と聞く友人に頷くと、私は脱いだシャツをゆっくりと絞った。自転車にまたがって走り出そうとする時にクリークを振り返った。

水かさの増したクリークは一面が茶色く濁っていて流れは速さを増していた。

私はなぜか、もう二度とここへ来ることはないような気がして、夕暮れ時の梅雨空を仰ぐと、みんなの後をゆっくりと追った。