出版部を起こして雑誌を新しく出すからには

全国へどう営業をかけるかや,そのネットワークなり戦略も当然ながら

構築していることだろう。

協力を頼むと言うからには,チーム編成も周到に考えているのだろう。

しかし,その割には,出雲に迎えに来てくれた冴えない中年氏にしても

青森の海から這い上がった毛蟹のような社主殿にしても

そこらへんの具体的な話はハッキリとしなかったがなあと

私は一抹の不安を覚えながらも新しい年を迎えた。

結局は,出雲を拠点として営業に当たりつつ,その号の

取材編集に応じて出張して回ることになるのだろうと思い,

春が半ばを過ぎようという頃に退職願を出して依願退職をした。

それは,あの「リーマンショック」が襲ってきた年だったのだが・・・