韓国への修学旅行が計画されていた。
海外への修学旅行のことを「海外体験学習」と銘打って,次第に県内へ
動きは広まり始めていた。
当然ながら,日教組がこの動きを利用しないはずもない。
行き先を決める「選定委員会」に組合員が多く入り込むのは自明の理だった。
韓国と言えば,1965年の日韓基本条約で終わった話を何度も何度も蒸し返
して,まるで暴力団との終わりなき示談のような真似を繰り返している国で
本来は,それこそ毅然として相手にしなければいいものを,タカラれるままに
ズルズルと血税をくれ続けている政府が最も悪いのだが
そのツケは,全国各地,特に地理的に半島と近い公立学校へも回ってきて
悪用されているわけだった。
様々な日本人の払った税金から高給を取っていながら,異様な奴隷脳で
反日の情熱を高ぶらせる日教組と
この集団に迎合しつつ,してはならない妥協を積み重ねながら,自らの保身と
プチ天下りによる人生すごろくの上りだけを目標とする「教育行政側」によって
歴史における肝心の祖国日本の言い分は封印され,下品にねつ造された
「侵略と支配」の物語だけが生徒へ刷り込まれていく。
修学旅行は,その手段のひとつなのである。