公立学校業界用語で,めったやたらと「先生」と呼び合う現象がある。
学校には,教員以外の職種も当然ながらあるわけだが,なぜか互いに
そう呼び合う風習があるのだ。
教えられる関係でもないのにやたらと飛び交うこの言葉が,一般社会と
隔絶された妙な意識を育て
つまらない歪んで肥大した自尊心ばかりを増幅させていく。
ただ,おそらくはこの風習は改まらないだろう。
愚者の楽園を存続させ,ぬるま湯につかりきった人々の享受する高待遇
を維持するための道具として続いていくだろう。
国民の血税によって。
ある日,事務室に「一人はみんなのために みんなは一人のために」を
クラス標語として,その実は不慮の事故で車椅子生活になった女子生徒を
見殺しにした担任と
営業マンや保護者など,部外者が入り混じっていた時があった。
長く通っていた営業マンが,おそらくは親しみをこめて何気なく口にしたの
だろう。
ふと「それは田中さん(仮名)無理もないと思いますよ」と言った。
途端に田中先生様の表情は一変し
「田中さんとはなんだ?田中先生と呼びなさい!」と強い調子でたしなめる
ように答えたのだった。
大人同士,社会人同士の会話である。生徒と教師ではない。
思い上がりも甚だしいし,第一,仕事だからやむなく「先生」と呼んでやって
いる相手の胸中もわからないほど「子供」なのか?
この小児病患者も後には校長に「選抜」されたと聞く。
バカバカしいが,これもまた,みんなが大切な子どもを預けている現場の
実態なのである。