鶴丸高校の近くの歩道橋に落ちていたのは犬の糞。
マナーの悪い飼い主がいたということで,時間がなければまたいで通ればいい
話だが
ある日,校長がそれを発見し,血相を変えて学校へと走ってきて何を
言うかと思ったら
「誰か 歩道橋の犬の糞を取ってきなさい!生徒が転んだらどーするんだ
っ!」と えらい剣幕でまくし立てたという。
糞を生徒が踏めば「ウン」がついて合格率が高まるかもしれないし,第一
そんなに心配なら自分でかたづけてくればいいことである。
あるいは,良い機会だと生徒会長でも連れて率先して掃除に出向き,奉仕精
神の機会教育をすればいいだろう。
そんな暇があったら生徒に勉強させるべきだとでも言うか?たかが数十分の
作業で落ちるようなら目的が達せられるはずもない。
今だって,家業の手伝いをしながら受験勉強をし,ちゃんと合格していく子も
いるのだから。
気でも狂ったかと思えば当人は至極当然な「指示」をしたと思っている様子で
呆れたと,その場に居合わせた教職員達の間で語り草となり,その後も長く
様々な場で語り伝えられることになった。
幸いにも彼は早死にしてくれたが,こういった連中はだいたいがしぶとく長生き
するので,教育界の汚染度は高まることになってしまう。
県都である鹿児島市など,大きな市の教育長席は,鶴丸高校以下の「中心校」
と呼ばれるところの管理職で定年を迎えた者達の「順番待ち指定席」となる。
私立の事務長や校長となったり,歴史資料館などのいわゆる「県教委の縄張
り」である「プチ天下りポスト」もそうである。だから事務職も同類である。
年金暮らしと年収700万近くでは大きな違いだろう。同じ道を狙う後輩達から
取り巻かれて「先生 先生」と持ち上げられ,酒席の上座に座らされいい気分
である。
しかし,まっとうな志を抱き,目前の生徒達へ情熱を注ごうとする教師達や,
経済的な事情から公立にしか子供をやれない多くの保護者達の願いを足蹴
にし幻滅させるような「人生すごろく」に血眼になっていて何の「教育者」なの
だろう?
人間性を育てるのが教育の最大の主眼です と,こういうのに限って口は
うまいから立派な御託宣を垂れるが,まず人間性を育てなければならないのは
自分自身ではないのか。
公立学校業界の根深い病根は日本中を腐らせている。根が腐ったままで,
良い果実だけを期待しても無理な相談なのである。