東シナ海からの海風が強く吹き抜ける印刷室で、一枚のプリントが置き去りに


なっていた。



 原稿の取り忘れはよくあることだから、見やすい所に置いておこうと何気なく


手に取ると、変わったタイトルが目に飛び込んできた。



 「年を経た鰐の話」とあるその文章は、邦訳と末尾にあるからには日本人以外の


文章なのだろうが、不思議な魅力で私の心を捉えた。



 平成の初期、戦争キチガイのアメリカが始めた戦争に日本は大金を搾り取られた


挙げ句に、向こうの新聞には「負け犬」のカテゴリーへと分類されてコケにされ



 首相はそのことを恥ともなんとも思わずにヘラヘラ笑っているという、今日と


全く変わらない恥知らずな奴隷の日常が流れていた。



 私はふと思い立って東京裁判に関する書籍を集め、渾身の勇気と忠誠を示した


先人達の法廷闘争の様子を学び始めていた。



 真夏の印刷室で見かけた「年を経た鰐の話」を訳したのが、著名なコラムニスト


だった山本夏彦氏だとは、数年後に本土へ引き上げてから知ったが



 心惹かれたタイトルを見つめた離島の昼下がりは「戦前という時代」の真実に


ふれる貴重な契機となった。