滝の畔


 俺は長く車を走らせ、あの滝を見渡せるベンチに今度は一人きりで座った。


 あの時とは違って、今はもう冷え冷えとする。


 俺は、今度の相手が和喜の病んだ心を優しく温めてくれて、彼女に潜む底深い孤独を、ゆっくりと優しく溶かしてくれることを心から祈った。


 情欲や嫉妬は身を翻して飛び去り、たとえ短くとも、かけがえのない大切な女性と知り合えた喜びに胸があたたかく満たされていた。


 いつのまにかターゲットとしてしか女を見ることができなくなっていた自分に、彼女は傷ついた魂のために、身を焦がす欲望を乗り越えて、真心から祈ることを教えてくれた。             


 どこかで病への同情が手伝っていたか?


 そうじゃない。


 俺は一人の人間として、遅れて出会った男女の誰もが持つ嘆きを、つまり、もっと早く相手にめぐりあって愛し抜きたかったという思いを本心から抱けたからだ。


 それは、これまでに全く無かったことだった。


 ひとの幸いを本気で祈れる心が、まだ俺の中にも残っていたことを、


こんなに突然に去られても、どんなに気持ちが傾いていても、


肉の炎を吹き消した自分の胸の奥にはっきりと確かめられることへの感


謝が吹き上げるように沸いてきた。


 俺は、取りだした携帯を見つめ、スウィートノベンバーで始まる最後のメールを削除すると立ち上がった。


 澄み切った哀しい歌声が耳元でまた優しく響き、秋はその歩みを早めようとしていた。


                (了)