滝の畔
「なんでだよ?いいとこなのに」
「こんな狭い所じゃダメ!」
「まるで宮沢賢治だなあ~和喜は」
「何それ?」
「注文の多い料理店ってこと」
「そんなに早く食べたいの?」
「もちろん」
「ムードをね、大事にしてくれないと、どんなお料理もおいしく食べられないんだよ。女にはベテランのくせにポイントを押さえてないなあ」
愉快そうな声の調子だった。
俺は、ここからすぐに行けるホテルを考え始めたが、体を離して窓を濡らす霧雨を見つめていた彼女は「これからはダメよ。また今度ね」と、今までとはうって変わった湿った声で向き直らずに言った。