滝の畔


「時々、アナフラニール、イミドール、ドグマチールを病院で貰うって言ってたけど、全部いっぺんに飲むの?」


俺は、メールで聞いていた抗うつ剤のことにふれた。


去年まで半年ほどつきあっていた大学生が常用していた種類と二つまで同じだったので、すらすらと口をついて名前が出た。


「ううん。全部は飲まないよ。ほとんど捨てて、その時の気分で一種類だけに絞って飲んでるの。お医者さんには言わないけどね」


「たまにそういうのが欲しくなるんだね」


「うん たまにね」


「わかった。混ぜて飲むと副作用がどうなのかなと気になってたから」


「便秘のこと?」


「チェッ そうあからさまに言うなよ。美人が台無しになるぞ」


「お生憎様!たとえアユだって、それからは逃れられないんだよ。継介って変なこと気にするんだね」


機嫌を悪くしたように和喜がそっぽを向いたのを見て、俺は、薬のことなんか話題にしなければよかったと少し後悔したが、こうなった時は、下手に空気を繕おうとしない方がいいから慌てなかった。

 

「どうしたの?急に黙りこんで」笑いを含んだ声で彼女が聞いた。


「うん ちょっとその・・和喜が、早くしようとして苦しんでるところを想像してただけ」


「何を?ひょっとしてトイレのこと?バカみたい そんなの」弾けるように笑い声を上げて、彼女は俺の左腕にふれた。


これまでいつもそうしてきたように、言葉という鮮やかなグローブでパンチを何度か軽く交わしていくうちに、二人の距離は少しずつ縮まっていく。

 

 俺は、これから二人のキャンバスに、どんなタッチで絵を描いていけるのだろうと、いつになく青年のように胸を弾ませた。