『オレンジビーチ-スリーデイズメイビー』


明日は、地区隊長殿の介錯を務めて最後を見届けてから、遊撃隊の指揮を取って出撃だ。


そう心の中で呟いた鵤少佐は、唇を噛み締めると僅かな私物の整理にとりかかったが、


明日以降はこの司令部壕にも敵兵がてんでに踏み込んできて遺体検索をするのかと思うと無念な思いがこみ上げてきた。


いよいよ最後の夜だよ 美奈子 おまえは今日も無事で暮らしているんだろうか?


少佐は、彼女がハルピンでの別れで送ってくれたコバルトブルーの地にレモンイエローの月をあしらったハンカチーフを取り出して見つめながら婚約者にそう話しかけた。


二人の部屋で迎えたあの別れの朝、おまえは玄関で立ち止まり通りへ降りて見送ってはくれなかった。


俺も二度と振り向きはしなかった。


でも、カーテンの陰から見送ってくれているのを体全部で感じることができたよ。


二人で過ごしたあの街で、俺はなんと幸せだったことだろう。


今日まで俺は、祖国が掲げた大義のために力の限り戦ってきた。


誰にも恥じることのない戦いを、大陸からこのペリリューまでひたすら続けてきた。


これからも続いていく世界の歴史で、この大東亜戦争で日本が示しつつある懸命の戦いは決して無駄にはならないはずだ。


数百年も白人の奴隷にされていた人々に力を与え、人々が自らを鍛え上げて征服者へ向ける牙を研ぐ手助けをし、


共に汗を流しながら独立への困難な道筋を歩み始めた人達を見守ろうとしている祖国日本が歴史から引き受けた運命の戦い。


それはきっと、たくさんの民族に未来永劫に語り継がれていくはずだ。


俺達は、これから新しい伝説になっていくのだから。


軽量砲のパックハウザーや、肩撃ち式バズーカ砲が撃ち込んでくる砲弾の響きが揺るがす司令部壕の一角で、


少佐は自らの短かった来し方を振り返りながら、大いなる理想に捧げる、力に満ち溢れた若い命との別れに颯爽と耐えていた。