『オレンジビーチ-スリーデイズメイビー』
斬り込み隊は帰還しなかった。
北村は朝方に僅かにまどろんだ時、青山少尉が枕元にすっくと立っているように感じた。
瞳を開けたわけではなかったが、ハッキリとその気配を感じた。
嬉しくなってガバと身を起こすと、傍に腰をおろしていた先任上等兵が「少尉殿は戻られませんでした」と力無く言って背を向けた。
北村は、胸のロザリオを軍服の上からそっと押さえてみた。
白い貝の首飾りと一緒に彼の胸元にさがったそれは、時折小さな音を立てた。
青山少尉、きっと仇は討ちますからね。
自分も最後まで帝国軍人として恥ずかしくない振る舞いを絶対にしてみせますから。
洞窟陣地での日々、あの人が傍にいてくれて良かったと北村は思った。
彼は自分にとって、故郷と、まだ見ぬ未来と、果たさなければならない責務の象徴だったような気がする。
たとえ、行くはずだった未来への未練が胸中深くにあったのだとしても、この苛烈な状況の中で彼は最後まで忠誠心と義務感を失わなかったし、周囲への思いやりを決して忘れなかった。
自分にとっては、彼は深々と根を張った立木のような存在だった。
たとえ血はつながっていなくとも、まるで兄のように慕えるひとだったから。