『オレンジビーチ-スリーデイズメイビー』


 「ことに十月の風が・・・」軍装を整えた青山少尉が小さく呟くのを北村は聞いた。


 思わず間近に立つ少尉の瞳を覗き込むようにすると、「好きな詩だよ」と、彼は悪戯っぽく笑った。


 戦闘帽を被った表情が日頃よりいっそう若々しく爽やかに見えるのを、北村は何か近寄りがたいような思いで見つめた。


 青山は、部下の兵士達に今夜の敵への接近経路を静かに下達すると、北村に小さく頷いて踵を返し颯爽と出撃していった。


 十月はもうとうに過ぎ去ってしまった。


 今や近接した箇所では二十メートルほどの至近距離で敵味方は対峙している。


 上陸以来、二ヶ月半余り経ってもペリリューはまだ落ちなかった。


 出撃前夜に、青山はロザリオと軍刀を北村に託した。


 自分もまもなく続きますから と北村は固辞したが、青山はきれいに髭を剃った秀麗な面持ちに抗しがたい安らかな微笑を浮かべると、何も言わずに北村の手に軍刀とロザリオを握らせた。