『オレンジビーチ-スリーデイズメイビー』
気を取り直してまた照準鏡を右目に当てる。
ヘルメットに手をやって少し被りなおした敵兵の眉を捉えた瞬間に、耳元で「ガク引きにならないようにしてくださいよ」という香月上等兵の力強く優しい声が聞こえたような気がした。
やっぱり来てくれたんだね ありがとう 北村は胸にそう呟くと落ち着いて引き金を落とした。
初めて射撃教育を受けた時のように、水鳥が着水するような静かさを保って、敵の狙撃銃を発射した。
照準鏡の中で敵はゆっくりとくずおれて前のめりに倒れた。
いっせいに叫び声が上がり、伏せた敵達からのめくらめっぽうの射撃が始まった。
後ずさりした北村は、累々と横たわる無惨な友軍に別れを告げて連絡通路を求めて奥へと走り込んだ。
暗い岩肌を見つめながら懸命に進む。
入口付近で手榴弾らしき爆発音と喊声が数回したが気にも留めず、やっと見つけた通路をひたすらに進んだ。
次第に死臭が薄れ、敵の気配も遠ざかっていく。
奴らは絶対に深追いをしてこない。
せいぜい入口をドーザーか戦車を使って土砂で埋めるぐらいだ。
蝶はいつのまにかいなくなっていた。
歩みを早めながら、北村は香月の声を思い出していた。
本当にありがとう また会いたいよ 香月上等兵。
聞いてもらいたいこと 聞きたいこと たくさんあるんだ。
さっきはありがとう。
あの時、敵は迫ってくるのに、僕はどこか物悲しい気持ちにとらわれようとしてた。
あんなに敵愾心に燃えていたのに、今、僕が撃とうとしているあいつは、戦友を黒焦げにしたやつじゃないんだなんて馬鹿な考えにつかまろうとしていたんだよ。
迷ったり、ためらったりしている場合じゃないのに。
これは僕の弱さだろうか?
しっかりしないといけないね。
敵もまた、たぶんなんのためらいもなく任務に邁進してるんだから。
揺るぎない自信に満ちた平素の香月の表情を北村は思い浮かべて自分に活を入れようとした。
自分は将校になるんだから、どんなすさまじい状況下に置かれても、動揺したりグラついたら駄目だ。
もっと成長しないと香月上等兵のような素晴らしい部下達を引っ張ってはいけないぞ。
北村は前方から洩れ聞こえてくる微かな日本語に耳を澄ませた。
むごたらしい激戦をかいくぐって、彼は主陣地帯の一角に合流することに成功したのだった。