『オレンジビーチ-スリーデイズメイビー』



 ハルピンでもっとも成功した貿易商の松浦洋行のフロアで、マフラーを買い求める美奈子の肩を見つめながら、


 少佐は売り場をやわらかく照らし出すライトの下を行き交う雑多な人々の流れから漂ってくる、乾いた冬の前触れの匂いを鋭く感じ取っていた。


 表通りからは馬車の立てる蹄の音が規則正しく響いてくる。


 秋が深まっていき、この街に大陸の冬は容赦なく駆け足でやってきて昭和十八年が終わりを告げるのだろう。


 勝利の時代は遠い昔になった。


 すさまじい工業生産力を誇るアメリカという若々しい国は、蒋介石への膨大な物資の支援を行い、


 民間人に偽装した軍人を多数送り込んで日本と戦わせて実質はわが国とは早くから交戦状態だった。


 あの宣戦布告へと追い込まれていく忍耐の日々の重苦しさは、華々しい真珠湾奇襲の戦果によって吹き払われたものだったが。


 戦局の悪化など信じたくはない。


 しかし、伝えられる数字は冷酷に彼我の決定的な戦力差を示して余りあるものだった。


 何としてでも勝つという精神至上主義だけでは勝利は覚束ないはずだ。


 じゅうぶんにわかってはいるけれど、かといって手を拱いているわけにはいかない。


 なんとかして戦勢挽回を試みて、なるべく有利な条件で講和に持ち込まなければならない。

 

 アメリカに一泡吹かせてやることが必要だ。どうしても。


 南方の占領地を奪われれば、次は飛び石のようにして台湾や沖縄を陥落させ、奴らはいよいよ本土を目指してくるだろう。


 泥沼のような国民党や八路軍との戦いはいつ果てるとも知れないのに、次第に頻繁になる在満部隊の南方転用によって関東軍の多くの兵舎はガラ空きになりつつある。


 ソ連との不可侵条約により北からの不安は幾分か和らいではいるけれど