隼人の風164
生まれて初めての癌切除から一年が過ぎていた。ギリギリの瀬戸際で癌が見当たらなくなって急遽(きゅうきょ)退院してから3度目の再発転移検査を経たが、
私は、とてもではないが安心立命などという境地には至らず、まるで長期の陣地防御(ぼうぎょ)に入ったかのように、ひたすら自己流!?闘病生活を送っていた。
自分の中での戦線は膠着(こうちゃく)し、敵さんと一進一退の攻防を『配下部隊』と一体となって繰り返していたのだった。
秋も深まってきた頃、私は手にした雑誌の読者欄に、同い年の会社員でやはり思いがけず癌につかまって苦しんでいる人の文章を見つけた。
東海地方にお住まいの方だったが、病気休暇と休職を併用すれば、3年も手厚い身分保障がなされている公務員とは違い、既に職を失ってしまったようだった。
「同病相憐(あわ)れむ」だけではない、心からの同情を覚えた私は、編集部を通じて手紙を出してみることにした。
私は自分が採っている『戦法』について細かく摂取(せっしゅ)分量まで記し、「正食」の参考としている「あなたと健康社」の書名や会社の所在地も紹介し、枇杷の葉温灸による血流改善も書き添えた。
また、誤解を恐れてかなり迷ったが、かなりアバウトな弟子であるとはいえ、キリスト教徒であることにもサラリとふれておいた。
これについては「おまえのようなヤツが手下だと俺が恥ずかしいからあまり公言するな!」と、天上遙か(はるか)から雷鳴(らいめい)と共にボスの声が響いてくるような気がしないでもなかったが。
正直な気持ちとして、私はなるべく多くの人に自分が当面の僅かな成功を収めた方法をただ誠心誠意伝えたくてしょうがなかったのだ。
それは広い意味で「恩返し」となると思ったし、家族を含めて、私を支えてくれる人々が貴重な生を得ている世の中全体に、
自分が与えられた幸いを少しでも与えさせてもらえばといった殊勝(しゅしょう)な!?思いだった。
もちろん、どうしようもない弱さや狡(ずる)さも併(あわ)せ持っている人間のことだし、私の場合は特に、バラエティに富む!?欠点をたくさん持つ「人の弱さの百貨店」のようなものだから、
恩返しをすることで幸運の持続に役立つかもしれないという一種の取引感情が微塵(みじん)もなかったといえば嘘になるけども・・。
私は、編集部を通じての返信を心待ちにしながら、今後も同じようなケースで生かせるように、闘病のための使用データを即座に提供できる手元資料として細かくまとめ始めた。