隼人の風161
私は、昼間の治療のために、自宅の部屋全体に立ち込めた枇杷(びわ)の葉温灸の独特な匂いが消え残るリビングから、夏の夜に海へ打ち上げられるたくさんの花火を見つめていた。
桜島を浮かべる錦江湾(きんこうわん)に、盛大に花火を打ち上げる大会へは、遠い郡部からも大勢の見物客が押し寄せてくるのが恒例となっていた。
あの人気歌手、長渕 剛の桜島コンサートほどではないにせよ、それは、鹿児島の夏を彩る一大イベントとしてもう長く定着していた。
私は一人でベランダへと出てみた。
ドン ドンと絶え間なく腹に重たく響いてくる打ち上げ音は、まるで友軍の戦車砲の咆吼(ほうこう)のように、危ない橋を渡っていく私と『配下部隊』を、背後から力強く射撃支援してくれるように感じられるのだった。
しかし、楽しいはずの夏の花火大会を眺めながら、戦車砲の吼える声を連想している人間なんてそうそういないだろう。
私はそう思いながら、隣のマンションのベランダに鈴なりになって花火に歓声を上げている人達との境遇の違いを少し悔しく感じて下唇を噛み締めた。
どうも闘病していると何事にもひがみっぽくなっていけないなあ~と自戒しながら振り返ると、いつのまにか末の子がサンダルをはいて後ろに立っていた。
私は、まだ3才の子を抱き上げようとしてふと、病で落ちているであろう腕の筋力が心配になった。
そこで、ベランダの端から少し退がり、万が一落っことしても安全なようにしてから思い切って抱き上げてみると、意外なほど軽くて拍子抜けするほどだった。
末っ子は何も言わずに嬉しそうな表情で無心に夜空の花火を見上げている。
思えば私は、この子が生まれてからも、自分の世界にばかり熱中して好き放題な不摂生を重ねるだけで、
近くに住む家人の妹や親戚が、子ども達の面倒を何かと見てくれることに身勝手に甘えるだけだった。
知らず知らずのうちに寂しい思いをたくさんさせていただろうに、家族を顧みることがほとんどない夫であり父親だった。
そうやって積み重ねたわがままと強情のはてに、このような強敵につかまってしまい苦戦を強いられている。
私は、こんなふうにただ傍(そば)に寄り添うだけで無心に微笑んでくれる自らの分身を、粗末(そまつ)に扱ってきた自分をあらためて顧(かえり)みて、
「これは、即刻霊界送還!?にならなかっただけでもありがたいと思わないといけないな」と、胸を強く締め付けられる思いがした。