私は、はやる気持ちを抑えながら浴室から急いでベッドへと戻ると、仰向けになって天井を見つめた。
同室の患者が何か話しかけたような気配だったが、私は顔を少し向けてあいまいに微笑んだだけですぐに自分の世界へと戻った。
下手に饒舌になると、一度はつかんだ幸運が激しくはばたいて足元から飛び去ってしまうような気がしたからだ。
混乱してしまって何から手をつけていいかわからなかった。退院か・・もう手術を繰り返さなくていいのか?
ともかく臓器の摘出は免れたということか!
癌が見当たらなくなっているとはどういうことだろう?効いたのかな?あれほど食い入るように繰り返し読んだ『闘病記』と同じ事が自分にも起こったのだろうか?
イブに一日中胸で鳴り響いていたパイプオルガンの旋律は、このことを暗示してくれていたのだろうか?
そうだ、家へまず知らせないと・・早く教えてあげないといけない。私は起きあがると公衆電話のあるロビーへと向かった。
しかし、電話をかける前までは、家人にあれも言おう、これも言おうと考えていたのだが、いざ電話がつながってみると、
私は簡潔に検査結果を伝え、主治医団からの詳しい説明があるはずだから都合のいい日と時間をまた打ち合わせようとしか言えなかった。
真っ先に礼を言わなければいけないというのに、何かが一気に胸から溢れ出すような気がして、要件だけを話すのがやっとだったのだ。
「でも、ともかく」と、私は最後にやっとの思いで言葉を絞り出した。「今度の説明は、少なくとも手術のための承諾書に印鑑を押すための時間じゃない。まずは良かったよ」と。
家人は電話の向こうでしばらく黙っていたが「そうねえ 本当に良かったね」と静かに答えてくれた。
電話を切ってから、私は三人の息子達が一緒に写っている写真を思い出した。
あの子達にまた会える、今度は外泊許可を取らずに一緒にいることができる。
もう、霊になってからしか見守ることはできないのかと正直なところ思うことが多かったけれど、これで僅かながら希望が湧いてきた。
「おい!これでようやく主陣地へ帰れるぞ。激戦によく耐え抜いて敵さんを押し戻してくれたおまえ達のおかげで」と、私は体内の『配下部隊の勇者達』にもねぎらいの言葉をかけた。
病棟へ帰るためにエレベーターへ乗ると、忘れられないあのイブの旋律が、いつのまにか胸いっぱいに鳴り響いているのに気づいた。
「本当に帰ってもいいのですか?」と、私は思わず上を見上げて『ボス』に問いかけていた。

