カンファレンスルームを出てから病室へと戻り始めると、薄暗い廊下には常夜灯だけがまるで葬列のようにひっそりと立ち並んでいた。
歩いてゆく私の胸には、そういった消灯後の病棟の雰囲気とは似合わないほどの強い調子で、パイプオルガンの旋律がまだ鳴り続けていた。
ベッドへそっと仰向けになってからもそれはまだ続いていて、今さら何をしたって同じなのにという、私の苦しい徒労感を優しくなだめすかすような気配を濃く漂わせながら、いつしか重苦しい眠りへと誘ってくれた。
クリスマスの朝がやってきて検温が始まり、ナースの忙しく立ち働く雰囲気で私は目覚めた。
イブの旋律は止んでいたが、昨夜のカンファレンスルームで聞かされた全摘出手術延期の知らせがまだ耳の奥でこだましていた。
腰の血管からパイプを入れて動脈へと造影剤を流し込む血管造影となれば、絶食に近い食事制限と、下腹部と性器の剃毛とが待っている。
あとはあの、仰向けになれない長い夜と、足の付け根に空けられた穴がふさがるまで続く、傷口が開きそうな感じの引きつるような嫌な痛みがやってくる。
私は、まさか原発巣である膀胱周辺の血管ネットワークを今度撮影してみたら、いやあやっぱり放射線科の思い違いでしたよ!?なんてことにならないだろうなと思ってかなり不安になってきた。
一方、これまで独自に採ってきた「戦法」による生還者達の過去データでは、ドラスティックに効果が出たのは、ほとんどが投与開始後3ヶ月となっていることも思い出した。
アガリクス飲用を柱とする投入が、劇的に効果を発揮するとしたらちょうど今月あたりだけどなあと、昨夜の説明に登場した『放射線科の若手達』が異議申し立てをしてくれたことへ僅かに希望をつなぐ思いも湧いてきた。
もうあと1週間で、まるで奈落にも似た境遇にまっさかさまに投げ落とされた平成9年が終わっていく。
私は、大学時代に購入したアサヒグラフ別冊の美術特集で観た、19世紀半ばから20世紀初頭を生きた画家、オディロン ルドンの作品で「彼はまっさかさまに深淵へ落ちてゆく」というタイトルの石版画を思い浮かべた。
それはギリシャ神話に題材を取った作品で、4頭立ての馬車に乗った男が天空で覆った馬車から振り落とされ、闇の中を奈落へと落ちていく構図だったが、
私はその版画にクルクルとめまぐるしく変わる状況に抗する術もなく、ただ翻弄されるしかない自分自身の姿を重ね合わせていたのだった。
