隼人の風58
祈り終えて周囲を見回すと、なだらかな丘陵が大学病院を取り巻き、様々な植栽が駐車場を取り巻いていた。
そこここに面会に来た家族と散策する患者の姿が見受けられ、晩秋の風が吹き抜ける鹿児島市南部の高台には穏やかな時間が流れているように見えた。
これまでに、より規模の大きい福岡や、あるいは国立癌センターへの転地療養も考えなかったわけではないが、
自らが賭ける「戦法」が毎日のように身内の手を煩わせるものであることや、子供達の通学通園問題を考え併せると、地元で最終決戦を挑むしかなかった。
私は、ともすれば鉛を入れたように重くなる足を、懸命に自らを鼓舞しながら動かして正面入口へと歩いていった。
ここから修羅場が始まるのだから、たとえ誰が見ているわけではなくとも意気消沈した様子でいるわけにはいかない。
外来受付を済ませて泌尿器科へと向かった。
小さな窓口で必要書類に紹介状を添えて手渡すと、そこにいる誰もが私の病名を知っているような気がして少しせつなかった。
腰を下ろした患者用ソファから後ろをふと振り向くと、奥さんらしき女性に車椅子を押されて、半ば放心したような表情を浮かべている私と同い年くらいの男性がいた。
彼はパジャマの上からガウンをはおり、まるで置き去りにしなければならなかった日々の暮らしを、今この瞬間もありありと眼前に浮かべては悲嘆にくれているような雰囲気を体全体から漂わせていた。
ずっと動けなくなってしまったのだろうか?あなたも世を去ってしまえば楽だろうと思う瞬間がありましたか?
それとも、検査のために一時的に麻酔をかけられて、あと数時間は歩けないだけですか?
思いがけない運命の訪問に、茫然自失してしまったことはないですか?私は、胸の奥底から堰を切ったように溢れ出る『無性に話しかけたい気持ち』を抑えつけようと急いで顔をそむけた。
なんにもならないことだ。ここでしっかりしないと!叫びだしたいか?叫んで何か役に立つのか?落ち着いて今現在必要なこと、整えなければならない気持ち、漲らせるべき勇気のことだけを考えろ。
誰もみな、自問自答を繰り返しながらそれぞれの義務を果たし、戦いを挑み、それでも維持できない陣地は放棄していくのだから。
私は瞑目して歯を食いしばり、先ほどの車中の祈りを胸に呼び起こそうとした。
どんな運命がこれから待ち受けていようとも、最後まで雄々しくありたい・・そう心から願いながら。
