「始めます」乾いた声が響いていよいよ第2戦が始まった。
足の付け根に何本か局部麻酔が打ち込まれ、チクチクと嫌な痛みが何度か走ったと思うと時間の経過を待つという医師の声が聞こえた。
麻酔の効果が出るまで待つのだろう。いつものことだが、この経過を待つのは実に不安なものだった。
万が一、時計を見誤られたら、高校時代に半月板を切除した時と同じように、生身を抉られることになって拷問にのたうちまわることになるからだ。
しかし今はただ不気味な部屋の静けさに耐えて、呼吸を続ける以外は何もできない。
電子音がたまに響くのは血圧計か何かだろうか?壁にかかった大きな時計の針がビクリと動く。あの針が進んでいく先に、私の運命はすべて賭けられている。
来る日も来る日も飲んできたアガリクスの味が舌によみがえってきた。何度も読み返した『体験記』の治癒成功例もまた。
自宅療養待機中に耳にして不快だった『機関車トーマス』のテーマ音楽が頭の中で鳴り響き始める。
このメロディはなぜ、話に聞くローレライの歌声のように、河の深みへ引きずり込まれるような嫌なイマージュを胸いっぱいに押し広げていくのだろう?
医師がナースに何かを指示して、まもなく足の付け根に違和感が走った。ややあって吹き出す血を何度も何度も布状の物で拭き取る気配がし始めた。
多量の出血をしているのだろう。
流れる血潮とは逆方向に、これから細管が血管の中を通されていって、癌の主陣地へ少しずつ肉薄していくわけだった。
放射線の照射もいつのまにか始まっていた。『弾力性に富んだ』血管の動きはモニターに映し出されていて、細管はまるで曲芸のように少しずつ進んでいった。
「あ!マズい」という医師の声がいきなり響いて、脆くも血管が破れてしまったという事態が起きないように私はひたすら祈るしかなかった。
おかしなことに、そうやって祈りながらも、私の心はいつしか小学校時代に通っていた日曜日の教会学校へと飛んでいた。
わが家はごく平均的な仏教徒?の家庭で、初詣に神社へ行き、法事は田舎の寺へ行くという典型的な日本人のパターンだったから、教会学校へ通い出したのは当然ながら宗教的な義務や動機などからではなかった。

