聞岳と池田湖

 

周囲19キロ、最深部233mの九州最大のカルデラ湖。地元には、源 頼朝に

 

召し上げられた名馬「池月」の伝説があり、子馬を奪われた母馬は悲しみの

 
あまりに池田湖へ飛び込んで死んだという

 
体長2m近くに達し胴回りが50センチ級の大ウナギの産地としても知られ、ネス
 
湖に対抗?!した怪獣イッシーの目撃談でも知られる
 
 
南の海から重なり寄せる浪と開聞岳(池田湖と隣接する) 

重浪 明 (しきなみ あきら)とソウルメイト

重浪 明 (しきなみ あきら)とソウルメイト
 

 

              隼人の風39

 

 

 瞬く間にやってきた抗癌剤動脈注入手術の前日、深まる秋の夕暮れを、私は病室で先ほど飲んだアガリクスの味を舌の上に苦く乗せたままでボンヤリと過ごしていた。


 

 

6人部屋の入口からすぐの場所に私はいたが、向かい側は穏やかな表情のお爺さんだった。

 

彼は新入りの私へのお定まりの質問にも唯一人加わらなかった人で、時折起きあがっては、どこを見るともなく優しさに満ちた温顔に秋風を受けながら過去を振り返りつつ静かに時を送っている感じだった。


 

 

配膳の回収が終わった頃、この老人の二人の娘がやってきた。姉らしき方は入院の次の日にも見かけた気がしたが、妹の方は今日が初めてだった。

 

なにしろ目の前の会話だから否応なく中身が聞こえてきたわけだが、どうやら財産の分与について妹が詰問調で父と姉に確かめている気配で、

 

たまりかねた姉が「あんた おとうさんはまだこうして生きているじゃないの!どうしていきなりやってきてそんな話をここで持ち出すの?」と小声ながら語気を強めてたしなめている様子だった。


 

 

私は初めて聞くこういった会話に『世間にはあると話には聞いていたが・・すさまじいなあ』と思いながら、

 

わが身に迫ったピンチもしばらく忘れてしまうほど胸を締め付けられる気がしたのだが、窓の外がすっかり暗くなった頃に、今度は妹の亭主が病室を訪れた。


 

周囲への挨拶もなく病室へ大股で歩み入ってきた彼がベッド脇に仁王立ちになり、姉への挨拶もそこそこに義父へぎこちなく軽く会釈をすると、

 

老人はそれまで一度も見せたことのなかった皮肉と嫌悪に満ちた表情を浮かべて「ほう 突然どうした?ずいぶん珍しいこともあるもんだなあ」と不快感を滲ませた声でまるで汚らわしい物に対するかのように答えた。


 

 

見てはならないもの、聞いてはならない会話を聞いてしまった思いに襲われた私は思わず顔をそむけた。

 

手塩に掛けて育てたであろう愛娘を嫁がせた相手と愛娘自身が、もしも手に手を取って瀕死の父親の苦境につけ込んで財産を狙い、平素の無沙汰を詫びるでもなく声高に分け前を要求してきたのなら彼はずいぶんと哀しいだろう。


 

 

それは、人生の黄昏時に突きつけられるシナリオとしてはむご過ぎることだろう。財産とは無縁の私でさえ、彼の悲哀を慮ることができるような気がしてとても辛い気持ちがした。

 

目の前のシーツに目を落としながら私は、突飛な連想ながら『リア王』の悲劇をまざまざと思い起こして、人生とは本当に各人毎の試練に満ち満ちているものだと思った。