細胞診の結果が出る予定の術後10日にはまだ2,3日を残すという朝、私はまもなく運命が決まるなあと思いながらベッドに座っていた。
このままで何も結果が出なければいい、明日の朝に目覚めてみたら、そこは見慣れた自分の部屋で、これまでのこと全部が悪い夢だったのならいいのにという思いが強く突き上げてくるのを抑えることができなかった。
廊下からは食事の運搬車が立てる音とナースの靴音が入り交じって響いてくる。それは病院の日常のBGMであり、自分が置かれている残酷な状況とは無関係に淡々と時が流れていくような気がして一抹の寂しさを感じた。
また、著名な評論家だった故山本七平氏が著作の中で、戦時に、魚雷攻撃を受けて今まさに沈もうとする輸送船のデッキに最後までゆったりと座っていた兵士を例に引いて、
人は自分の死の瞬間まで、自分の死という事実をどこか他人事のようにしか受けとめられないのだろうと述べていたのを思い起こしたりもした。
気をやや取り直して髭を洗面所で剃り終えた私が病室に戻るとすぐに、主治医が足早に入ってきた。
いつもはベッドの横まで来てから話しかける彼が、今日に限ってそうせずに、手を後ろに組んだままで壁に体をもたれさせながら少し話しにくそうな素振りを見せた時、私は彼が最初に予想したとおりの検査結果が出たことを覚った。
「思ったとおり末期状態でした、しかも非常にタチが悪い」そう言うと、少しの間だけ口元を引き締めて黙った。
そして、「これは経験豊富な病理検査部が出した結論ですから」と言葉を継ぐと、「とにかく出た結果を受けとめて今後のことを考えていきましょう」と結んですぐに踵を返すと隣の病室へと出ていった。
あれほど心のどこかで待ち望んでいた「奇跡」は起こらなかったのだ。これで今まで私に向けられていたリボルバーの撃鉄がカチリと引き起こされたわけだった。
「今後のこと」っていったい何だろう?何か打つ手があるのか?末期でタチが悪いなら、あとはもう自分の人生にどうケリをつけるかしか残されていないんじゃないのか?
こうして座っている間にも着々と癌細胞が膀胱壁を食い荒らしながら転移を狙って増殖していく気がした。癌は遺伝だから自分には関係ないなんて、なんと誤った知識を持っていたことだろう。
薬も何も飲まないままで、検査だ、結果待ちだ、術後の処置だといたずらに時を空費するうちに敵はどんどん強大になってしまう。
涙も出ず、喚くこともせず、自分に向けて撃鉄を引き起こされたリボルバーのイリュージョンと一緒に、病室に茫然と取り残された私だった。
