南洲墓地にある、大分 中津隊士の


桜島を向く西郷さん達とは違い


他藩から駆けつけた人々の墓は、それぞれの


故郷へ向けて建てられている


重浪 明 (しきなみ あきら)とソウルメイト


隊長 増田宗太郎の墓へ 春には桜が散りかかる


若くして逝った彼らを弔った薩摩人の優しい心映え


を感じる季節



             隼人の風 5


 本棚から選んだのは、トインビーの「歴史の研究」、曾野綾子の「心に迫るパウロの言葉」、プーシキン詩集、山本夏彦のコラム数冊、パスカルの「パンセ」だった。



どんな理由でそうなったのかは今もよくわからない。一度は通読していた本ばかりだったが、再読しなければならないという思いになぜか強く捉えられた。


こうして、何かまだしなければならないことを懸命に考えたのもまた、不安の中での生への切実な希求だったのだろう。



これまで無為に過ごしてきた膨大な時間が惜しまれてしょうがなく、そのくせ、コチコチと無機質な音を刻みながら進んでいく時計の針を放心したようにただ見つめて時間を空費したりした。


自室から見える裏手の林から響いてくる蝉時雨が、残暑に必死で耐えながら短い地上での青春を惜しんでいるかのように聞こえて、この海と丘に挟まれた空間の静寂を圧するように奏でられる夏の終わりを告げる旋律がいつになく心に染みた。



ふと、机上の癌保険のパンフに目が留まり、梅雨の終わりに自分には縁のないことなのにとうるさく思いつつも、周囲の勧めで渋々入った癌保険の会社に電話をかけてみた。



「もし不幸にしてお客様がそう診断された場合、残念ながらご加入後三ヶ月未満ですのでご解約しか・・・」と、受話器の声は営業上の配慮を微かに滲ませながらも事務的に答えた。



電話を静かに切ると私はゆっくりとパンフを破り捨て、一般の生命保険で家族に残るであろうなけなしの金額を思った。この家と僅かばかりの保険金が残るだけか。いや、まだ癌と決まったわけじゃない、希望を捨てるな。



でも、数多い症例を診て経験を積んできている医者の勘がそうそうハズれるものか。胸の底で思いは次々と交錯しながら果てしない堂々巡りを始めていつまでも整理がつかなかった。



何も知らない小さな子供達との食卓は屈託のない笑顔と会話に満ちていつものように賑やかだったが、父親を早くに失うのかと思うと不憫な気がしてならなかった。



突きつけられた現実を目の当たりにしながら家族の前で虚勢を張るような余裕はとてもなかったが、かといって父親の変調を気取られないためには全く黙りこくってしまうわけにもいかなかった。



同様の努力を精一杯気丈に続けてくれている家人の手前もあり、私は他愛のない話題でもなるべく明るく子供達に声をかけるようにしていた。



ただ、まだ幼い寝顔を見つめる時には、男子の鉄腸が揺さぶられる思いが迫ってきたけれども。