この主婦たちの間に広がっている「名節症候群」を、韓国政府のレベルでも問題視しています。そして、健康保険部が2004年、「健康な秋夕(チュソク)を迎えるための7つの守則」というものを発表しました。その内容は、次のようなものです。

 

1.名節を迎えなければならない現実を受け止め、肯定的思考と楽しい心を保つように努力する。

2.家事労働を分担する。買い物と料理、皿洗い、掃除などに男女が共同参加し、みんなで休息をとるようにする。

3.虚礼虚式のない(過渡の礼・形式をとらない)名節準備をすることで経済的負担を減らす。

4.合間を利用し適切な休息をとって肉体的疲労を減らす。

5.働くときには周りの人々と楽しい話を交わしながら心理的負担を取り除くように努力する。

6.名節前後にがんばっている主婦にたいして、夫など家族が暖かく励ましのことばとともに心の配慮を配る。

7.精神的・身体的症状や憂鬱感が2週以上続く場合には、精神科専門医に適切な治療を受け、慢性憂。鬱症への発展を防止する。

 

以上が、韓国の保健福祉部が名節症候群を緩和するための方策として出した提言の内容です。じつに当たり前の内容です。これでは名節症候群の緩和にはあまり役に立たないのではないでしょうか。わざわざ提言としてまとめるまでもなく、そのようにすれば、主婦の名節症候群が緩和されることは、だれもが充分に分かっていることだからです。そうはいっても、男性中心の伝統的な価値体系が出現するなか、それができないところに問題があるのです。

 

問題は、いまも韓国社会に根強く残っている伝統的な儒教主義的、両班主義的な価値体系です。それを修正して、そこに女性の地位向上をうながす仕組みをいかに埋め込むことができるのかということです。男性の協力があればできることですし、現に大方はその方向に向かっていると思います。しかし、儒教的価値体系そのものは韓国社会から無くならないのではないでしょうか。男性中心の儒教主義的、両班主義的な価値体系は、韓国社会のアイデンティティの中核にあって、韓国が韓国らしくあるための中心的要素の一つだからです。

 

しかし、韓国社会は急速に変わってきています。名節症候群に関しても、この20年間でだいぶ弱まっているようですので、やがては聞かれなくなるのかもしれません。私自身も主婦を悩ませる名節症候群などというのは無くなってほしいと考えています。しかし、名節症候群が無くなったときには、韓国社会から名節そのものが無くなっているかもしれません。あるいは、韓国社会から韓国らしさが無くなって、何の特徴もないただの近代国家になってしまっているかもしれません。私は、矛盾するようですが、一方では、名節も韓国らしさも、韓国社会から無くなってほしくないとも考えています。都合の良い折り合いの方法が見つかることを期待しています。

 

ところで、この文章は、韓国の出生率の低さの原因の一端をさぐるという目的で、主婦の名節症候群に注目して書き始めました。たしかに、韓国の女性の地位の一端は明らかにできたと思いますが、案の定、出生率の低さとはあまり関係がなかったように思います。

韓国で出生率が低いのは、伝統のなかで生じたものではなく、近代化が進むにつれて生じた社会現象だからです。一般に、近代化した社会は、どの社会でも出生率の低下がみられます。ですから、韓国社会もその点ではほかの先進国と変わりません。ただ、韓国の場合は、それが極端に向かったということだと思います。韓国社会は、何にしても極端に向かう傾向があるというのは周知の事実ですが、この出生率の低さという問題についても、その法則を当てはめればよいのでしょうか。気になるのは、この出生率の極端な低さに関して、現在のところ韓国政府が特別な対策を講じているようには見えないという点です。対策はこれからということなのかもしれませんが、焦ったほうが良いというところまで来ているのではないでしょうか。