ちょっと前に、ヤフオクでデジカメ一眼レフを買いました。が、説明書を読むのが面倒なのと読んでもよくわからないのとでずっと放置してました。。。
今日、やっとそのカメラを引っ張りだして説明書を読んでみました。
私の26歳も終わろうとしていた秋の終わり頃、情熱を傾けてやっていた仕事の、その業界にある日突然いられなくなってしまって(今思うとそれで良かったんだけど)、茫然としていた時に出会ったのが写真でした。
「プロ養成写真塾」
当時、広告写真を主に撮っていた盛岡養一郎先生が教えていた小さな写真塾は8割の生徒が女性でした。
それまでは写真に特に興味があったわけではないし、カメラは当時ビッグミニというコニカのコンパクトのみ。(Hiromixが撮って有名になったやつです。名機です。)
それでもどうしてもそこに行かなきゃいけないような気がして、私は赤坂にあったそのスタジオの門を叩きました。
写真はやってみたらとても面白かった!!
アナログの、銀塩写真の時代です。(笑)
専門知識も勉強になったけど、先生は私たちの撮った写真を一目見て、優しい口調でズバッと鋭く本質をついてきました。
「キレイだけどつまんない。」
「もっと踏み込んで」
「何事も創意工夫!」
何人もの女の子が泣いてたらしいです。(笑)
私はものすごく直観的に撮ってたのでよく「これ、何も考えないで撮ったでしょ?」って言われてました。(←これも当たってる!)
「今は石っころだけどね、これがダイヤになるかどうかは自分次第だよ。磨くといいよ。」
照れ屋で人を茶化してしか褒めなかった先生がそう言ってくれたのをよく覚えています。
写真塾の卒業を控えた頃、自分がずっと感じていた社会に対する生きづらさを先生に話したら
「写真をやればいいじゃん!」と言ってくれて。
でも先生は当時、アシスタントは取らない主義で。
で先生のマネージャーさんと話して、無給という条件でアシスタントをやらせてもらえることになりました。
当時私は大橋の家賃10万のマンションに一人暮らし、昼間はスタジオ、夜と土日はバイトしてって生活が1年ぐらい続きました。
次第にデジタルの波がやってきて仕事が少なくなってきたり、私もお声がかかってきたりしだした頃、段々とスタジオの雰囲気も変わってきて。
私は先生に何も返すことができませんでした。
元々外国とご縁の深かった先生は、引退してその後ハワイに移住されたと聞きました。

当時、先生がNikonのF2という一眼レフを貸してくれたのが私が最初に触れた一眼レフでした。
(当時の値段で数十万します!)
とはいえ、その頃の最新はF4でした。(確か)
F2は機能的にはストロボなし、そして何と露出計がついてませんでした。
これはどういうことか、というと測光するシステムがないので、露出計を使うか勘で撮ります。
オールマニュアル。
ピント合わせだけでなく露出の計算も自分でしなきゃならなくて。
もちろん露出計なんて持ってません。
基本、絞り5.6、シャッタースピード250として、この状態なら半段開けて・・・とか自分で計算してました。
この状態を2ヵ月程続けた頃には、私は歩く露出計と化し(人間って慣れるんですね!)、
しかもシャッタースピード一桁でも手持ち撮影できるという離れ技を身につけたのでした。
(よくよそのカメラマンさんに、無理だよ!って驚かれてました・笑)
いや、こんな技術、今や全く必要ないなって思ってたのですが、役立つときがきたようです。(笑)
私が買ったデジカメ一眼レフ、Nikonにしたのは、銀塩写真時代の単焦点レンズを使いたかったからなんですが、そうするとマニュアル撮影のみになってしまうようで。
今、説明書読んでビックリしました。(笑) 無駄なことってないんですね~!
銀塩写真は撮影後現像するまで画像は見れないし、基本、ノートリミング、無修正。
今みたいにPCに取り込んで簡単に加工できるのも気軽に撮れていい時代になったなって思いますが、
今回の引越しで以前使っていたデスクトップがダメになってしまって編集ソフトもない私にはそれも便利で。
先生に教わったことは(特に精神面)、その後の私の中で本当に生きていて、何度救われたかしれません。
当時の私は、感謝を伝える勇気もなくて。。。
自分の未熟さが悔やまれます。
写真もまた撮ろう!って思いました。
そしたら詩ができて曲ができて。。。
きっと全部はつながってる。
とにかく自分を限定しないで、小さくまとまらずに手放しでやりたいことやって進んでみよう!

写真をやってた時の状況と今ってちょっと似てて、この頃のことがよく思い出されます。
あの頃は孤独で、自分独りで生きてる気がしてたけど、
実はたくさんの人に支えられて生かされてたんだなって今はそう思えるようになってきました。
特に私は師匠運がものすごく良いみたいで、その時々で、人間的にも尊敬できて、優れた、独創的な方々に出会えるという幸運にあずかっている気がします。
ありがたいです!
これをガンガン世界に還元していかなきゃなー。
がんばりますっ!!
あの写真塾からはたくさんのプロカメラマンが巣立っていってて、
特に仲の良かった今岡昌子ちゃんは、今や日本を代表する女性フォトジャーナリストとなり、
大きな賞の審査員をする立場になってます。
皆のガンバりは本当に励みになります。
先生や皆の活躍やご多幸を願ってやみません。
また今日も不本意ながら長文ですみません。
最後まで読んでくださってありがとうございます!^^