まさかの乳がん告知記録と気持ちの整理の為に綴ろうと思います
ごぶさたしてます。愛犬の看取りをしていました。19歳7か月の犬生でした。この半年は自分の体を見つめることが中心になってしまい、それでも寄り添ってくれてた愛犬の看取りはかなりさびしいものとなっています。術後ちょうど3ヶ月めの早朝にお空に向かいました。具合の悪くなったわんこのそばで、私も体を横にしてお世話することが多く。術後初めてうつ伏せにもなりました。長時間は、ムリそうだったけどいつの間にかうつ伏せできるようになってました患側を下にして寝るのも全然平気。自分の胸の傷を見るのも忘れてしまってました先日、放射線治療後、3ヶ月目の検診に行く前日久しぶりに自分の胸の観察をしたくらい。経過も、かなり良く次は6ヶ月検診までなしです。保湿剤も無くなったら、好きなもの買って使っていいよ〜とで、久々に自分の胸観察したら、下側に段が2つできてました、シワみたいに。横向きに。硬いまま。で、そのシワが黒くなってて💧まさか?汚れ?と思って、術後初、患側の胸をタオルでごしごしと洗ってみた…ら黒いの取れた恥ずかしい💧ずっと、泡のボディソーブで手で洗ってるだけだったから。傷口に気をつければ、普通に洗えるぽい。それ以外にも、買い物したあとエコバッグもいつの間にか左側で持ってた。なんか、かなりもとに戻ってるうれしい♥ただ、大胸筋に近い所(深い所)はまだ痛みがあるので、それは気をつけてます。あと、お酒もまた結構飲み始めちゃって…これは控えなくちゃと思ってる。再発とか嫌だもの。体は大切にしなくちゃまた、ゆっくり皆さんのところお邪魔させていただきます。みなさん体調はいかがですか?
毎月19日はピンクの日。乳がんになって初めて知りました。なんとなく、10月はピンクリボンの活動がある。と言うのは知ってた。乳がん検診は受けてたけど、乳がんになるなんて夢にも思ってなかった。ブレストアウェアネスピンクの日 | ピンクリボンフェスティバル公式サイトピンクリボンフェスティバルのオフィシャルサイトです。乳がんについて、ピンクリボンフェスティバルの概要、全国的な活動の様子やイベント情報などをお知らせします。pinkribbonfestival.jp自分の乳房を意識しよう早期発見できて、手術して、日常を取り戻せてる。最初は、早期発見できても、手術しなくちゃいけないんだよな…なんて微妙な気持ちになったけど。今は、本当に早期発見できてよかったって心から思う。マンモグラフィ痛いとかいろんな理由で検診受けてなかったりするけど。マンモ痛いって、そんなに痛くない我慢できないものじゃない。実際私はマンモ痛いって思ったことない。だから、みんなに自分のおっぱい気にしてほしい。ブラであげたり寄せたりしてた。それはそれで私は大切にしてたよ。でも、それと同じようにもっと気にしてほしいな。乳がん検診で再検査になった後、経過観察になったまま検診さえしてない…という話されると、え…大丈夫?て思う。私にできること。こうやって、少しでも伝えていけたら。って思う
我が家には、19歳になるハイシニアのわんこがいるんです。その子が、日曜の早朝からなんかとっても苦しそうで、息が荒くて、顎で息し始めて、吐きそうな咳までして…動物病院に行ったら、心臓肥大で肺にお水も溜まってしまっていました。今は自宅に、酸素室レンタルしてその中で過ごしたりしています。お薬と酸素で呼吸は大分楽になったようだけど、お空に旅立つ準備をしているようです…。私が、乳がんとわかって手術、入院するとなった時。気がかりは、うちのわんこのことでした。手術+放射線治療の17日間入院を選択したときもかなり悩みました。私が退院するまで、元気で待っててねー。と、約束して入院して。夫も普段あまりやらないようなお世話に奮闘し、私の退院まで頑張ってくれてました。ちょっと痩せちゃってたけどそれからも、暑い夏を乗り越え、食欲も落ちずに元気だねー。強い子だねー。って言ってたんだけど。乳がんてわかったときもだけど、心の防衛本能なのか、現実逃避なのか、今はうちのわんこが苦しくないようにお世話をしている…感じです。孫が生まれたらさびしくないでしょ〜って言ってるような…なんか、書いてたらさびしくなってきてしまった。今年色々あり過ぎで、さすがに心と体力がー
今日で術後84日目みたいです。ホントに元気になってるなって最近よく思いますまだ左胸は痛いけど。今日、仕事の昼休みにお米5キロ買って担いで徒歩で帰ってこれました右肩に担いで。元気な時は全然平気だったけど、術後初。重かったー。けど平気だった。少し前まで、右肩に荷物持っても重いと左胸にも響いて痛かったけど、大分平気な感じでした。さて、術後やりたかったこと。と言うかやらなくちゃいけない感じのこと。もっと言えば、手術する前にやろうと思ってたけど、そんな気分にはなれなくてそのままで…心配だったこと(結婚して家を出てる)娘の部屋の模様替え。今は夫がそのまま使ってるのだけど。10月に出産予定をしている娘が、産休に入り週明け戻ってくるのです!また、娘部屋を出産準備で模様替え。え!あと少し!!!!みんなにもびっくりされます(笑)昨日お休みだったので、キックボクシング行ったあと午後模様替え決行本棚移動しました。それだけでタイムアウト本全部出して、本棚運んで、また本入れる。かなりの重労働。元気な時は、気にせずガンガン動けたけど。痛いし、心配だし。体いたわりつつ…在宅勤務の夫。そんな私の重労働気づいてなかったというね💧今日は、少し左脇と胸が腫れてるような…でも意外と平気。土日でもう少し模様替えします。娘が戻ってくるのもなんか嬉しいけど、あと少しで孫が産まれるの不思議。楽しみ。乳がんがわかった時、できるだけ早く日常に戻りたいと先生に話した。その日常に戻ってしたかったことが、娘と孫を受け入れる体制を整えること。叶ってる。うん。思い描いたようになってる。
乳がんになってから自分の体のことがとても気になります。乳がんは見つかったけど、私の他の体は大丈夫?って。手術も終わって、治療も終わって落ち着いたので尚更気になる子宮頸がん検診は、毎年2月に受けることにしていて、更年期治療でホルモン補充していたので、エコー検査も一緒にしてくれています。ホルモンの影響で小さな筋腫もできていて経過観察中でした。結局、乳がんになったのでホルモン補充強制終了。今、更年期真っ只中に舞い戻った💧乳がんかも…てなった時、受診した際とても微妙で残念で、なんか勝手に悲しくなったので、もう先生の受診は止めよう…て思ってたけど、乳がんの治療が終わって気持ちが落ち着いてきたので、また行くかな。更年期のことと、子宮のことはずっと診てきてくれてるから。『勝手に落ち込んだ日』『更年期治療』40代後半順調だった生理が急に不規則に。(本当に急に)思えばこの頃から体重も増え始めたそして、これもまた急な大汗いわゆるホットフラッシュ冬なの…ameblo.jpそう。そして今。人間ドックに行きたい!…気がしてる。夫の扶養内で、パートで働いていた頃は、夫と一緒に人間ドックに行ってたのだけど、フルタイムで働き始めてからは、毎年の特定健診のみ。後、自治体のがん検診を組み合わせるのだけど、乳がんと子宮頸がん検診しか受けてなかった。夫の社保から医師国保に変わったので、特典?があまりない…と思ったのだけど、人間ドックの補助がある!30000円。個人負担も大きいけど、医療保険もおりたことなので、思い切って人間ドック行こう行きたいオプションも付けて、ランチもして!なんか、楽しくなってきた(笑)同僚看護師さんにこの話したら。「どうしたんですか!」と言われたけど今自分の身体がとっても気になるのよ。とりあえず、年末の乳腺外科の6ヶ月検診の時、先生に色々相談してからにしよう。被ばく量とか平気なのかな?平気なのか。食べるものも気になっていて、迷った時は病院食をモデルとして献立考えたりしますそして、運動健康でいるのって、結構大変
先日のモヤモヤした気持ちに寄り添ってくださったみなさんありがとうございました。やっぱり私は、書いてスッキリして、ここで出会ったみなさんと話したりして、新しい気付きみたいなものを得られる気がしてますそして、みなさんからの情報は貴重だなって改めて思いました。ありがとうステージ0非浸潤ガンはガンではないのか?ガン扱いでなないのか?あの後、私も色々調べてみました。非浸潤は手術で摘出すれば治る?と言うか終了になるようでした。(感覚人間なので、適切な正しい言葉で再現できてないけど…)術後1ヶ月検診に行った時、すでに先生は病理の結果を確認し、今後の治療であるホルモン療法をなし。とした。多分、私が「え!やりたいです!」と言えば反対はしなかったと思う。ただ、「必要ないわよ」と言ったのにはちゃんとしたエビデンスがあるわけで。目の前で、病理結果の画像をじっと見た後で「うん。必要ない」て言ったのは印象に残ってる。その時、あ、私も見たい!て思ったけど多分見てもわからなかったと思う(笑)主治医の先生の名前を検索するとたくさん論文やら乳がんに関わる色んなことが出てくる。日々、すごく研究もして手術もして治療もして。そんな経験とかで、はい終了!となったんだからいいじゃない。と少し気持ちを切り替えられた。ただ、私の身体のことは私にとって100%で全てで。先生たちからしたら、たくさんいる患者さんの中の1人。もちろん、私の乳がんにもしっかり向き合って手術もしてくれたし、治療もしてくれた。でもそういう患者さんがたくさんいるんだよね。同じ頃、手術をしたブロ友さん達が、治療続けて頑張ってる姿を見ていて、治療を必要としている方たちがたくさんいることを改めて理解したし。でもさ、病理の結果は聞きたかったのよ〜気になるのよ〜知りたいのよ〜先生先生が、ハイ終了。としたんだから、ハイありがとうございます!でいいじゃないか…てうまくいえないけどそう思いましたただ、おっぱいは2つあるからね。今後に不安がないわけではないので、検診はしっかり受けて、自分の身体は大事にしなくちゃなと思う。かなアメブロやっててよかった。本当に。あ、実は前回の記事昼休みにUPしたんだけど、午後乳腺外科の先生のお子さんの受診予約が入って、え!やっぱり運命?え!言霊?え!もしかして読んでるのかな?て思ってしまいました私のぬか漬は…カルディのぬか漬の素チューブで野菜に塗ってラップで巻くだけアメブロで知り合った方に教えてもらいました〜簡単で美味しい
先日勤務先のクリニックで治療大学病院の乳腺外科に勤めていた先生(患児のお母さん)に再会。『運命の再会』私は小児科の受付で働いてます。なので、患者さんは子どもで、そのお父さんやお母さん。ご家族とお話することが多いです子どもたちにも、結構癒されたりもしてます。あ、…ameblo.jpその時、病理の結果のこととか、その時モヤモヤしてることを聞いてもらってスッキリ。したのに、またしばらくしてモヤモヤすると言うね多分私この繰り返しなんだろうな…その時医療連携手帳見てもらって「すごくすごく初期に見つかったんですね〜」と、乳腺外科の先生だけど、今は辞めて海外にいるし、子どもと一緒だからお母さんモード。pT 0(03)cmはわからないと。3ミリなのか3センチなのか。でも私saviやってるから3センチではないはず。と言うと、「そっか 3センチの摘出まで対応だからね」HER2 2+は以前はさらに検査をしてたんだけど、今は必須ではなくなったと教えてくれた。だから、私のサブタイプはわからないらしい。と言うか、そこまでこだわらなくていい感じなのかな…と言う印象だった手術してもらった主治医の先生の話してたら。「ものすごく忙しい先生だから。earthさんガンじゃないから病理の結果の説明しなかったのかな」って。先生モードじゃないから何気なく話しててあ、先生たちにしてみたら私もうがんじゃないんだ?って思った。それとも気を使ってわざと言ったのかな?そんなに気にしなくていいってこと?あ、そう。ならばそうでもいいんだけど確かに、入院中にいろんな方が入院されてて、私元気なのかもしれない…となんとなく思った。放射線治療も終了して、ホルモン治療無しになって…乳がんだったのよ。っていうのも憚られるような気持ちになることもある「治療なしになるのは、ステージ0だったら普通にあることですよ〜でも定期的な検診はちゃんと受けてくださいね」と。反対側に再発?する確率は普通の人より高いから?みたいな話は放射線の先生も普通に言ってた。多分、先生たちは普通のことを普通に話してるんだけど、その度にちょっとドキッとしちゃうんだよね💧やっぱり、健康体ではないのか「術後病理結果、乳腺外科に電話すれば若手(医師)が対応して(紙ベース)でもらえるはず」と言われたので電話してみた。そしたら主治医の先生対応で💧「紙では渡してないから次来た時説明します」て言われましたそっか。12月ちゃんと聞いてこよう。そうだ。
放射線治療後2ヶ月検診に行ってきました。この1ヶ月とても早かったな…『私の受けた放射線治療』術後3週間3日先日、ライブに行くとき久々にノースリーブ着ました。センチネルリンパ生検の傷が見えちゃうかな…と思ったけど見えなかったそう言うの先生考えてくれてた…ameblo.jp放射線科に行くと、みなさんがん治療を受けてるのかな…といつも思う。私も通常の放射線治療になった場合、週5日✕5週間と言われてました。多分そう言う方々だと思うけど、毎日顔を合わせてるんだろうな。顔見知りの方たちがおしゃべりしたり、治療が終わった方の話をされてたりする。そう思うと、私は放射線科の先生を始めとするスタッフの方たちにとても親しみを感じてることしかない入院中毎朝お見かけしてた男性もいたけど、話したことないし、今会ってもわからない。ところで、2ヶ月経っても、放射線の当たってた辺りの赤みが残っているのが気になってたけど、先生が診ると良くなっているみたい。先生が術前、術後直後の計画CTの時からずっと記録している写真を見せてくれた。確かに、1ヶ月前の検診時の時よりも炎症起こしてる赤みはかなり、本当にかなり良くなってた。毎日見てると気づかないのね。そして、術後、傷口テープ剥がしばかりの頃の写真もあって、初めてまじまじと自分の傷口(術後間もない)を見た。痛そうアプリケーターも刺さってるし、傷口も生々しい。そう思うと、かなり回復してるんだな。あと気づいたけど、左胸下にホクロやシミが増えた。と書いたけど、私治療前からホクロとかあったみたい(笑)でも、多分こくなったんだと思われる経過も良く、特にトラブルもないので来月の検診後は乳腺外科と同じタイミングになるみたい。さ、さびしい…保湿剤も処方されてるが終わったら、市販のもの使っていいし、炎症も気にならなくなればやめていいと。そして、改めて私の治療の放射線はどこに当たってるのか聞いてみた。「腫瘍摘出した部分に集中的に(直に)当ててるんだよ」そうだよね。そうだったね。「大分体は日常に戻ってきてるでしょ?でも傷は持元に戻るまではまだ時間がかかるし、硬いところは完全には元には戻らない」と、(中の)傷口は硬くなるし、放射線当てたところも硬くなる。と説明してくれた。次は10月。涼しくなってるかな。放射線科はいつも待ち時間が長くなることが多く、スマホの電波が通じにくい場所も多いので読書をしてます。アメブロで知り合った方が作れてるブックカバーを先日購入させていただいて使ってますやっぱりステキ私の通ってる大学病院の放射線科は地下にあって、フロアで本の貸出もしています。入院中もお世話になりました
6月から7月にかけて入院していて、いつの間にか夏真っ盛りみたいになってました。なんとなく、夏休みが明けた。みたいな気分になぜか何度もなって、その度に「あ、違うわ」てなるようなことを繰り返してました9月になってやっと世の中夏休み終わったんだな…て思ったりして。そして、今年8月は色々気が緩み?ゆるく生きよう。とは思ったものの緩みすぎました💧イベント続いたりして、まともに家でお料理したりしてない…しかも、乳がんになってからお酒はあまり飲まない。飲まなくていい。って思ってたのに…8月結構飲む機会も多かった楽しかったからそれはそれでいいのです。ただ、体重めっちゃ増えました そして、乳がん再発したらどうしよう…なんて不安になったりもして💧だから、9月から軌道修正です!主治医の先生が7月に企業主催の乳がん患者の食事のイベントに出られてたのを、終わってから知りとても残念。そして、アメブロで出会ったみなさんがとても食事や体つくりに気を使っていること。改めて、ハッとさせられました。私、ダメじゃないか…なんか9月に入って急に、心が入れ替わりました久々にカポナータ(ラタトゥイユ)作りましたちゃんと、お料理しよう。食べたものでからだは作られてるんだものね。食事に気を付けて、運動もして健康なからだつくりをしていこうながーい夏休みはおしまい。ラタトゥイユ
日常のブラは彷徨いすぎてもうわからなくなってしまったので以前と変わらず…週明け、放射線科の2ヶ月検診があるので、そこで経過診てもらってから、また考えるかも…しかし運動するときの、ブラトップは迷ってない。長く愛用してるのは、NIKEのブラトップ。術後、久々に着けたら、きつく感じた…しかも、腕もあげられないは、胸は痛いは…シャワールームで汗でぬれたブラトップと格闘すること数分💧大変だったその後コツをつかんで、すぐ脱げるようになった。今は、腕の可動域も広がって、胸もそれほど痛くないので気づけば、以前のように脱げるようになってる。それだけのホールド感があるから、ある程度の動きに耐えられてる気がする。キックボクシングで、今日新しいプログラムに参加した時、まさかの連続ニーアップだけど、胸押さえなくても平気だった。大分、痛みも和らいでるってことかな。そして、放射線治療後は、汗をかかないって聞いてたけど、私の場合内側からだしどうなのかな?てずっと思ってて。ブラトップ脱いだ時、内側いつも見てたんだけど、汗すごくてよくわからないな〜て思ってた。放射線のアプリケーター当たってて炎症あるところに、バンドエイド貼ってたところは、ぬれてないな…とは思ってた。けど!最近バンドエイド貼ってないけど、その部分だけやっぱり乾いてる。今日も確認したけど気のせいじゃなさそう次、放射線科受診の時聞いてみよう。NIKE ナイキ スポーツブラ ブラトップ スポブラ ウィメンズ MED パッド ブラ 速乾 ドライフィット【インナーウェア/ズンバウェア/ダンス 衣装 ヒップホップ/トレーニング/ダンス ウェア/フィットネスウェア/ランニング/リトモス/DANCE】BV3637【メール便対応】楽天市場3,850円${EVENT_LABEL_01_TEXT}この、水色と白を最近買い足しました
日常で職業を伝えることってあまりない。何かの会員になる時とか職業欄にチェックするくらい。でも、あー仕事何してるか言ったほうが早いなと思う瞬間があると「クリニックの受付事務してます」「小児科で働いてます」ということがあります。病院とかが多いかな。例えば、インフルにかかったぽい時(コロナ禍前)「周りにインフルの人いますか?」とインフル流行期に聞かれた時は「小児科で働いてます」と応えると、先生も「あー」てなる今回、乳がんとわかったときもすべての先生に「お仕事は?」と聞かれ、最初は「事務です」と応えるのだけど、どのような動きをするのか確認され始めると、「クリニックの受付事務です」と言うと、やはりどの先生も大体の動きは把握してくれる。主治医の先生と治療方針について話している時、私が仕事を休むことを気に病んでいる時「そんなことearthさんが悩まなくていいのよ。(勤務先の)先生が考えればいいのよ」と放射線の先生には「え、レセプトやってるの!あれ大変だよね〜」て言われた時先生直しが多いのか?て思った(笑)でも、言ってしまった以上、同業者として変なこと言っちゃいけないな…聞いちゃいけないかな…とか色々考えてしまって自己解決してしまうことがある。私の場合そして、モヤモヤする…💧気にしすぎ。多分。性格なのかも。なんなんだ私…てなる娘や同僚看護師さん達は、普段病院に行っても看護師であることは隠してる派。クリニックの患者さんのお母さんお父さんたちも、医療従事者であること、知らせてくれる人、知らせない人それぞれ。先生に、伝えてる人は患者メモに先生がDr.とかNs.とかって書いてある。病状説明するときに、わかってれば説明の言葉が変わるらしい。「これはバイ菌が…」て説明した後で、お母さんがお医者さんだったりすると、あーバイ菌とか言っちゃったよ〜てなるらしい(笑)ま、小児科なんででも、カミングアウトされてなくても、ふとした時あれ?医療従事者?て会話でわかる時あるけどね。
術後2ヶ月とちょっと経ちました(大雑把です💧)キックボクシングもなんなく大分できるようになってます。が、ハードなレッスンを張り切って2本やると左胸が腫れてるような感覚と少し痛みをしばらく感じるので、その度に反省したりしてます左胸及び傷口の痛み普段は殆ど痛みを気にすることはなくなりました。ただ、全く痛くないわけではなく、日によりいろんな痛みをたまに感じます。ズキンとかドーンとした鈍い痛みとか左腕に力を入れるような動きをすると大胸筋の辺りが痛い(奥底って感じ)キックボクシングしすぎると、以前感じてた脇の下もピリピリみたいなヒリヒリみたいな痛みや腫れ。とにかく意識すると右に比べて痛みは感じてます。傷口は、腫瘍摘出部は殆ど痛みはなく、センチネルの傷のほうが、引きつれた痛みとか、触るとまだ痛い。傷の見た目色はまだ茶色。かさぶたみたいな色。腫瘍摘出部は、目視ではほとんど見えないのだけど、上からみて見えるところは、縫合してあるなと言うのが分かるけど、とっても細くて色はあまりないかも?ただ、鏡で見ると、ちょうど乳輪に沿って切開、縫合してあるので、乳輪が広がってるような滲んでるように見えます。そして、胸のむくみと腫れがかなりひいてきたのか、その縫合部が引きつられてるような(縮んでるような)感じになってる。だから、乳輪部分の輪郭(縫合部)が凹んで乳輪が浮き出てるみたいな感じ。胸自体にはやはり固く段があります。放射線照射部アプリケーター挿入部は特に問題なく傷も白っぽくなりつつあります。放射線を当てていた部分は、内出血しその周りが赤く炎症を起こしているのは変わらず。どうしても下着の当たる部分でもあるので、下着を工夫しても、ベタメタゾン塗っても変わらず…先生が陥没することがあるって言ってたけど、凹んでます。そして、内部から照射しましたが、乳房下部(照射部)にシミがふえてました。保湿剤を塗っているのでカサカサとかは特に気にならず。なんか痛そう💧でも痛くないです。動き少しくらいの小走り腕を真上に上げる患側を下にして横向きで寝る荷物、バッグなどを持つストレッチなど、元通りではないけど工夫をすればできるようになってます。基本、患側胸に圧がかかったり揺れたり当たったりはまだ痛みはまだあるかな。でも、術後、1ヶ月後より確実に良くなっているし痛みも和らいでる。キックボクシングができていることを想像してもらえると、かなり動けてるのは伝わるかな…術後〜1ヶ月までは本当にできないと思っていたから。台風が発生してるからなのか、お出かけたくさんしたからなのか、左脇がいつもより鈍い痛みがあります。ブラ事情は前回とさほど変わらず。少しずつ回復してるそう思います
両親が東京に出てきています。術後初めて会う両親。春に来る予定が、母が直前にコロナに罹患し中止に。その時は、乳がんの精密検査の結果待ち。状態にあるのでいつ言おうか悩んでたときでもありました。ふたりとも、とても私のことを心配していて。入院中、病院から電話をした時は少し安心していました。それから、2ヶ月。母が言うには、父がよく私のことを話しながら泣いているらしい。確かに、大昔私が親知らずを抜いて痛がっている姿をみた時、父は私を痛い目に遭わせた歯医者さんのことを怒ってました(変なの…笑)それ思い出して「痛くないよー」と何度も言ってるんだけどね…それ以上に多くは聞いてこない両親。「大丈夫なの?」くらい。でも、話をしていて、父は自分が胃がんになり、父の父(私の祖父)が肺がんで亡くなっていることから、私ががんになったのは自分のせいみたいに思っているように感じた。だから、母と二人になったとき「おっぱい見る?」て聞いてみた。すると母も「うん。みせて」と即答あ、見るんだ(笑)傷も腫れも落ち着いてきているし、私の胸を見せればなんとなく安心する気がしたので、思い切って見せました。「思ったより普通でしょ?」「そうだね。でも痛そう。見てるだけでズキズキしてくる」とそしたら母。「ねぇ、これearthのおっぱいなの?」と。えっ!て思ったけどそれが率直な思いなのかな。だから、傷の説明までしてみました。なんか伝わったと思う。痛かったけどね。母から父にも伝わると思う。多分。
私は小児科の受付で働いてます。なので、患者さんは子どもで、そのお父さんやお母さん。ご家族とお話することが多いです子どもたちにも、結構癒されたりもしてます。あ、術後は子どもの勢いとかちょっと怖かったけど💧そして運命の日が…昨年、海外に転勤された方が、夏休み一時帰国していて受診したいと連絡があったのです。なんと!お母さんが私が手術した大学病院の乳腺外科の先生。(今は退職?休職?)おーこれは運命かも。私が今モヤモヤしてる気持ちを聞いてもらえるかもしれない…どうしよう…会えました。しかも、他に患者さんいない!チャンス!とばかりに、帰りに話してみました。私の術後の病理結果のモヤモヤに答えてくれました嬉しすぎるいつもは、〇〇ちゃんのママとして接してたけど、今日は、先生の顔でした。しかも、優しい。温存でも痛いですよね…なにかわからないことあれば、私に電話してくれていいですよ〜って。いやいや、そこまでは甘えられないけど嬉しいなんか、病院で出会ってないからなんか距離が近い。聞けたこと病理の結果の見方。最近の検査事情。サブタイプ。私が無治療になった経緯+理由。などカルテはみてないけど、ある程度の経験でお話してくれました。そして、病理結果。乳腺外科に電話すれば、病理結果を紙ベースでもらえるようで、次の放射線の検診のときにもらえるといいな。もっと色々話したかったけど、他の患者さんの診察が終わったので、終了しました。あーまた、海外に戻っちゃうからしばらく会えないな。少し、私のモヤモヤはスッキリしました。病院じゃないから、モヤモヤしちゃってることや理由も話せて良かった今回は運命を感じました
術後2ヶ月ですが、こちらも振り返り。手術、入院費用編。2024年6月20日〜7月6日入院 6月21日乳がん温存手術7月1日〜5日放射線治療(計10回)高額療養費✕2ヶ月分(手術が延期になったので月をまたぎました)室料 ¥121550食事代 ¥22540病衣+タオルセット ¥9350請求があったのはこんな感じ。4人部屋にしたけど、意外とベッド差額代高いな…なんて思ってしまいました後は、お水を結構買って飲んだのと。テレビカード¥1000を4枚使いました。(テレビと冷蔵庫、洗濯+乾燥機で使用)診療明細見ると、実際はかなりの医療費がかかってるのがわかります。(仕事柄明細じっくりみてしまいます)放射線治療の点数入院中におこなったので、限度額内におさまっている。健康保険のありがたさに、初めて気が付きました。
2024年6月21日の乳がん手術から2ヶ月経ちました。ずっと載せようかなと思ってた写真今更だけど入院中私が食べたご飯です(編集都合順不同💧)右1番下 入院してすぐの昼食前日の夜もあんかけ焼きそば食べたので、えー💧で思いながら、量多くて残した気がする。右真ん中 術後初食事(夕食)病院の月1の誕生月御膳これに当たるのラッキー術後でしかも右手の甲には点滴刺さってたのに、普通に完食右1番上この日の朝食卵焼きとお浸しだけで、え?なんか忘れられてる?て思ったこの日から放射線治療が始まり。朝の放射線が8:30からで朝食配膳が8:00からだったのでめちゃくちゃ早食いな朝の始まりでした基本魚が多かったかな。カレーが2回出て、何故かめちゃくちゃテンションあがって嬉しかったし、美味しかった冷たい麺類も嬉しかった。全般的に思ってたより美味しくて、どんぶりご飯(180g)なんて多すぎる〜て思ってたけど途中から普通に食べてたかな。朝 8:00昼 12:00夜 18:00朝と昼が短くて全然お腹もすかなくて、しかも便秘になり、マグミットのお世話になりました。6月20日〜7月6日入院合計46食たくさん食べましたいつもほぼ完食で、点滴してる時以外は自分で御膳を片付けていたので、毎回1番でした退院後、全く体重が変わってなくて、素晴らしい栄養管理だと感動しました。しかも、その後日常生活に戻ったら体重が勝手に2キロ近く減って喜んでました…が夏休みに2キロ太りました💧入院中、会ったことはないけど、栄養士さんや調理師さん、配膳の方々にはとてもお世話になりました。食事代の請求もそれなりにきました。たくさん食べたものね。
昨日の続きです乳がんとわかってから、術後、またその後と変わったのは人との関係もかも。最初は関係が変わったと、思ったけど、変わったのは私の気持ちなんだと、最近は感じてます。乳がんとわかった時の人との関わりのこと書いたのだけど、その頃はまだちょっと辛くてすぐ非公開にした。今は少し、離れた目で見れると言うか。『乳がんの話をやめた日。』今日は娘とランチしてきました人混みは避けて、娘の家のそばの古民家イタリアン。美味しかった♥娘のお腹も少し大きくなってました次会うのは、退院して落ち着いてからか…ameblo.jp今でも、乳がんであることはそんなに話すことはない。入院してた話はしても、なぜ入院してたかは聞かれることはあまりない。多分、みんな察して気を使ってくれてるんだと思う。聞かれたら答えるけど門前薬局の事務さんに「ねぇ、ずっといなかった?別の受付にいたの?休みだった?」て言われて、その時は「休んでたよ〜入院してたから」「え?」「手術したのよ。乳がん。」てなんか言ってもいいような気がして話した。「え!私も7年前乳がん手術したんだよ〜」とこんな身近に。元々気さくな彼女なんだけどね。術後1か月検診のあと、処方箋持っていったとき彼女がいたので「無治療になったんだ…薬も飲まなくて良くなった」不安に少し感じてることを話したら「え!良かったじゃん!先生がいいって言ってるんでしょ!いいんだよ!」と、やっぱり同じ「良かったね」「良かったじゃん」でも、同じ経験をしてる彼女から言われたら「そうだよね」って思えた。同じことばを、いつもある程度距離を持って、それでも寄り添ってくれる同僚看護師からも言われて「そうだよね」って思えた。でも、そうは思えなそうな人たちには私が予防線を張ってて、話さないようにしてるかもそして、気付いた。いつも友達とたくさんあったり話したりコミュニケーションを大切にしてるんだな。って思ってた友人。彼女が、今回連絡して来た時、私の防衛本能が働きました今まで、彼女から色んな友人の近況を聞いたりしてたけど、そんな風に私のこともみんなに話すのかな…みたいな💧変わったのは私。なんだけどね。スルー能力が発動されることが増えたかも。あ、嫌だったのは。退院後、同僚が「私乳がんになったらやっぱり全摘するわ。だって再発するの嫌だもん」て言ってて、無になりました全然悪気もないし、それが彼女。スルー能力が発動される前に、こんな気持ちになることもある。たまにねコトバって難しい。わかってほしいと伝えることもあるのに。伝わらなくて傷つくこともあるし傷つけちゃうこともあるんだよね…。
乳がん術後入院中になんとなく気持ちが変わった気がした。大きく言うと、価値観?でも大したことではない気もする。退院して、1ヶ月半。はっきり実感してるのが。「頑張らない」以前は、何か迷ったら。迷うくらいなら、2つともやる。とか2つとも買う。とか忙しくても、ちゃんとする(例えば家事、仕事)。とかごろごろしない。とかま、基本ゆるいので大したことではないのだけど。それが、今は迷ったら、1つだけにする。1つは諦める、やらない、買わない。もしくは、どっちも選ばない。みたいな仕事で遅くなりそうだったり、疲れたら簡単ご飯でいい。外食でいい。みたいな。お休みにたくさんごろごろしちゃう。体労わろう。なんて、すっかり以前に増してのんびりしちゃってる。いいの。たまに、「仕事もやめちゃおうかな…」なんて思うこともあるけど それはないと思う。頼れることは、頼るようになったかな。でも、逆にちゃんとしなくちゃいけないことはちゃんとしよう。みたいな。文字にすると、体相な事のようにも感じるけど、とっても小さな私の中の変化です
台風一過の昨日はものすごく暑くて、外出ただけで具合悪くなりそうでした台風近づいてる時、手術した胸がズキンて痛くなることが何度かあって、気圧とかの影響?て思ったけど関係あるのかな。仕事中、無意識に痛むと左胸に手を当ててるみたいで、同僚に何度か「痛いの?」と言われてしまった。古傷が痛む。とかあるけど、まだ新しい傷も痛む。気がする(昔、帯状疱疹にかかった後、何年も神経痛みたいなのが残ってた)普段は、大分痛みを気にしなくなった。小走りとか、ジャンプとかはもう左胸押さえちゃう。これもあんまり気にしなくなった体勢変えるとき、起き上がる時、胸が剥がれる感じがよくしてたけど、これも慣れたのか気にしなくなってる。でもその感覚は今でもある。できないのは、左脇腹のストレッチ。少しずつでも、やったほうがいいのかな…センチネルの傷はやっぱり引っ張られると痛い💧※yogaジャーナルさんからお借りしましたこれ、左できない今さらだけど、術後ストレッチ見直してみたりしてます。
10年程前父が心筋梗塞、胃がんになった。同じ頃、当時の職場の同僚(1つ年上)が卵巣がんになった。急にがんが身近なものに感じ、保険の見直しをした。とにかく、がん特約をつけなくちゃ。って、よくわからないけど職場に来てた生保レディさんに相談。当時、変わったばかりだったのか、変更になって良い点を説明されたのが上皮内新生物放射線治療、抗がん剤治療が対象になったようなことを説明されたけどよくわからなかったジョウヒナイ?でも、今回「非浸潤性乳管がん」がこのことだとわかった。色々見直してよかった。病理結果が出た日に書類を依頼し、今日受け取ってきた。中を確認したら、マンモトーム生検も手術として記載されてた。なるほどと思ってみてたら、放射線治療が未記入!もしかして、放射線は放射線科の先生に依頼するのか…明日、文書課に電話して聞いてみよう。どちらにしても、診断書もう1枚必要なのかな…もう、わからないことばかり。文書課に書類出したときは、放射線治療したことも話したんだけどな。そう言えば、担当医は乳腺外科の先生の名前しか書かなかったな…あー書類も乳腺外科と放射線科は別なのか…でも、通院特約はなかったから、それはいい。って話したのに先生記入してくれてた。とほほな気分💧