私が今住む市に住んで、
もうはや27年にもなります。
それだけ住んでも、
いつまで経ってもよその土地はよその土地。
本当はもうふる里に帰りたい
~ここに来た当初の感想は、
交通マナーがまるでない!
一時が万事とはよく言ったもので、
交通マナーのみならず
人としてのマナーがまるでない
という印象でした。
何かあっても絶対に謝らない風潮とか、
運転中も、
例えば信号待ちの場面で
曲がり角からその信号待ちの道路に入りたい車がいる場合、
普通というか、
他県では普通に譲って入れてくれるものでした。
私も、そんな車がいた場合には
入れてあげる派です
ところが、ここに来た当初は
これでもかというくらいの
意地悪さ加減を感じました。
その場面で入れてくれる人など皆無
~でもこれは
私だけが感じていることではなかったのです
なぜか、他県から来ている人と出会うことも多かったのですが、
他県出身同士が集まると必ず
「ここの人間おかしくない?」
という話題で盛り上がりましました
その交通マナーに対しても同様のことを言っていました
あまりにそういう意地悪さを受けていると、
自分の感覚の方がおかしいのかな?
と思い始めてしまうのですが
おかしくなかったんだと認識しました。
そこから私は決めました。
周りがどんだけ意地悪な運転をしようとも
私は譲る場面では譲ると。
~これってサラリと書いてますが
周りがどうあれ、
ブレない自分でいられるか?の
お試しを受けていると思いませんか?
私はブレない自分でいると決意しました
~あの頃から27年もたった今ごろに気づいたのですが、
私、やたらと道を譲られるようになっています
昨日なんて、わざわざそうしてまで譲ってくれる?という譲られ方をしていただきました。
普通、
私が脇道から入ろうとする所から後ろの人が、そのまま止まって譲ってくださるんだけど
その車は後ろというよりちょっと後ろ、
どっちかというと正面の人でした
それをちょっとバックしてまで
どうぞという仕草をしてくださりました
頭を下げてお礼を言って
その道に入らせてもらい、
更にハザードでカチカチとお礼を言いました
ここ数年間、
譲られないということがほぼゼロになっています。
自分の内面を現すのが
現実世界の現象と言うけど
これはその一例ですね
逆に言うと
じゃあなんでここに来た頃は
あんなにも意地悪なヤツらにばかり出会っていたのか?
私は特に変わってないのにですよ
だから
唐突に受ける試験だったとしか
言いようがありません。
神さまの試験は本当、
ある日唐突に訪れるし
そこで何を学び何を決断するか?
なのかもね
てか、
ここで生きてくなら
この試験は必要なんだよ
ってことかもしれませんね
~人生は本当、
辛いことが多いです
それを乗り越えるのに
どんな意味合いがあるのか?
と考えてしまうけど、
どんな意味合いでもいいと思います
自分が
こんな意味であるなら
めっちゃ嬉しい!
と思えるものが答えでいいと思います
人生はなぞなぞだらけ
この世の現象はバーチャルリアリティだとか
タフティで言うところの
スクリーン?(全然詳しくないけどね笑)
スクリーンに映る映像を作り上げるのは
映画監督の自分。
このことは
夢の世界なら当たり前に分かってることだったけど
現実世界の現象でも
自分を分析することは可能なようです
~ちなみに明晰夢というのを
見るのがいいのかどうか知りませんが
最近は明晰夢だろうなというのを見ています
夢を見ながら
あぁこれは夢だからこうすればいいんよ
と、思って夢の内容を変えてしまってるというか
こうすればいいんよ、とは
「夢だと認識する→変えることができると認識する」
だと思うのですが、
現象世界でも応用出来そうですね
私は
引き寄せであれ、タフティであれ、
自分が体験、体感して腑に落ちたことしか書けません
でも多分、
魂はとっくに知っていると思うので
いつかハッキリ言葉化できたら
書いてみようかな?と思いますが、
たいがい言葉化の難しいことばかりなんよね
笑