怒りとは、身体の危機に直面したときの反応であり、嫌悪や拒絶を意味する身体のボディランゲージです。
食欲や性欲といった人間の基本的な営みと深く関わりを持ち、所有や生活のテリトリーといった概念や環境的条件に左右されます。
このことは、怒りという感情表出が生命を維持するための身体のオートノミー(=自律性)であるといった側面もあるのですが、必ずしもそうであるとは言えないようです。
患者さんが何らかの症状を訴えて来院されたとき、症状が発現した数日前~数週間前に、仕事または対人関係において何らかのトラブルや困難、あるいは気持ちがネガティブになるような出来事がなかったかどうかを聞きますと、大抵はあるのですね。
上司から仕事のことで叱責され、プライドが傷ついた。
夫と口論となり、非常に辛い思いをした。
パートナーが浮気をしているような気配であったので、問いただしたところ納得がいかず、疑念が増すばかりである。
雇用期限が迫っているが、なかなか次の仕事の目処がたたないので、焦りを感じていた・・・その他いろいろ。
通常、人はコンプレックスや不満を解消するまたは修正する方向に無意識的に心と体が向かいますので、怒りは都合の悪いものであるとし心の深くに押し込められ、表面に現れないことがあるので厄介です。
物事が思うように進まず、なんとなしにイライラする。
将来のことを考えると、やたら不安になる・・・。
怒りが、このように不安感や焦燥感といった形に姿を変え、歪められた形で表現されることもあります。
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怒りは、あらゆる身体機能(特に脳や肝臓・・・)を低下させ、気の自然の流れを阻害します。また全身の筋力低下とともに脳や頭蓋骨や脊椎に歪みを生じることとなることは経験的に言えることです。
(怒りは無気力よりも有益である・・・といった心のメカニズムは正しいですが、それはまた別の機会に。)
■例題・・・
突然の激しい痛みに襲われ、歩くこともままならないギックリ腰。
この病気は、MRIやレントゲン画像で特に異常が見つからないことが多いのですが、症状を引き起こす根本の原因として、精神的なストレスがあることに普通は気がつかないものです。
尚、継続的な怒りの感情は、脳の帯状回・大脳基底核・視床などに退後性変性を起こし、自律神経やホルモンや免疫機能の低下、それに脳内ホルモンのバランスを崩すであろうということは、すでに医学的に言われています。
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ところで、心身の健康にとって最も問題になるのは、長引く過去の記憶から自由になれない滞った怒りです。
怒りが正しく表現されず出口がないまま放置され、意識の深くに押し込めてしまえば、テープを巻き戻すように、ことあるごとに繰り返し何度も怒りはやってきます。
更に問題となるのは、限定的な場面や特定の個人に対する怒りが、直接関わりのない環境や人が怒りの対象となってしまう(=転化)ことにあります。
普通はこのことは無自覚的に起こることでして、後々の人間形成の障害や対人関係におけるトラブルの大きな原因の一つとなっています。
また、期待に反する裏切りにあったり社会的な常識を逸脱するような制裁を被った場合、怒りは憎しみや恨みに発展することがありまして、心と体にとっては大変好ましくない結果となる場合があります。
そのエネルギーはとても強力であり、ご本人の意志とは関わりなく自他ともに破壊的なものとなります。
怒りを解消するには、怒りを消そうと努力することにはあまり意味がなく、まず、心に怒りがあることを認めることから始め、怒りを覚えることになった理由や原因を探る作業が必要となります。
要は、視点を変えて対称を眺めるということが大切です。
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ところで、人は自分の考えや行為を否定されるようなことがあると、疑念や不信感とともに相手の言動に対して反感を覚えることがあるでしょう。
日々の生活の中で、そのような居心地の悪さや窮屈な情況が繰り返されることで、感情は怒りといった具体的な形をとり表現されるようになります。
怒りは自己を評価し肯定しようとする強い思いや期待感の裏返しの反応とも言えますが、自己肯定に至る経過において、周囲を否定することで自己肯定が成立するといった思考の巧妙な働きもあり、再考の余地があります。
総じて、自己の信念や価値観を脅かすのに対して、一般的に人は恐れを持つものです。
恐れや恐怖心は身体を脅かすことに対する反応であり、その対抗措置として怒りを育てる結果となるとも言えるでしょう。
尚、期待感や求めるものの大きさに比例するように、怒りも増幅するものです。
大きすぎる期待や感動、無上の喜びを追求したいといった背景には、強い怒りを含んでいることもあるのでして、このように実に怒りのメカニズムは複雑多岐であります。