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あぜ道にお地蔵さんがポツンと立っています。
そのとき、一匹の犬が通りかかり、片足を上げてお地蔵さんにオシッコをします。
犬にとってお地蔵さんは、粗相(そそう)をするための都合のよい材料であり、
人間にとっては信仰の対称であります。
対称に意味づけをするのは人間です。

以上は、物理学者の佐治春夫さんが講演などでよくされるお話しです。
人の価値観は、多種多様であるということなんでしょうね。

このお話しの構成を、少々変えてみますと・・・。


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ある人が田んぼのあぜ道を散歩していると、誰かがお地蔵さんに小便をしている光景が目に入ります。
ある人は、きっとこのように思うでしょう。

なんて、ひどいことをする人なんだろう!
きっと罰があたるに決まっている。
信じられない!
非常識きわまりない!
地獄に堕ちるだろう・・・等々。

一方ある人は、優しい顔をしたお地蔵さんがオシッコで汚れてしまったのを見て、

お地蔵さん、かわいそ~!
お地蔵さん、だいじょうぶ? きっとだいじょうぶだよ!

と、そっとお地蔵さんのことを気遣います。

この違いって、大きいですよね。
見る人の意識がどこに向かうかで、その人の心のあり方が違ってくるといった例題です。

お地蔵さんに見る人の関心が向けば、お地蔵さんが可哀想になり、
オシッコをしている人に感心が向かえば批判的、攻撃的になるといったことですが、さて、どうでしょうか。