いつも拙いブログを読んでくださり

ありがとうございます。



今は胆管がんで亡くなったパパの

闘病生活を振り返ったり

残された癌遺族の日常

私の病気の事など綴っています。



今日からGWに入りましたね。

パパが亡くなってから

GWの楽しみもなくなってしまって

ただ普段と変わらない1日が

過ぎて行くだけです。



パパが胆管がんで亡くなった年の

GW…

2021年の事です。



その頃のパパは骨転移がありました。

でも治療は特にありませんでした。



ところが肝機能の数値が悪くなってきて

再発の可能性が出てきました。

胆管が再び詰まってしまい

黄疸も始まり白い便も出始めて

きました。



その胆管の詰まりを良くする為に

ドレナージをしてもらいましたが

最後のところで管が通らず

完全には胆汁が流れないままでした。



地元の主治医から

最初に胆管がんの手術をしてくれた

大学病院なら様子がわかっているので

うまく胆汁が流れるように

してくれるだろうと…



そして…

胆管が詰まっているところが

再発してるかもしれないと思うので

再発だったら手術をするのか

それとも抗がん剤治療をするのか…

抗がん剤だったらどの抗がん剤を使うのか…



こう言った今後の治療方法の相談に

一度行ってみたらどうかと…



でもまだそこまで

肝機能が悪いわけではないので

少し考えてみてくださいと

言われていました。



でも仕事をしていると

中々休みも取れず

まして予約のある仕事なので

そうそう予約変更も難しく

行きそびれていました。



でも、その時から

大学病院へ行くまでの間に二度

大学病院から電話をもらい

早く来れないかと言われていました。



パパのデーターはすでに

大学病院へ行っていたからだと

思います。



パパは「地元の主治医からは

まだそんなに悪いわけじゃないと

言われているのに

なんでこんなに急がせるんだ?」と、

とても不安がっていました。



そんな時…

その年のGW最後の日は

大学病院は診察していると知りました。

私たちの仕事は休みだ!

よし、この日しかない!



そう思いパパと相談して

その日に行くと大学病院へ

連絡しました。



その診察日は

地元の主治医から打診されてから

10日ほど経った時でした。



大学病院の診察は

教授が対応してくれましたが

診察室へ入ってすぐに

「これは再発してます。」と…



「早く治療を始めないと

動けなくなりますよ!」



「その前に倒れます!」



そう教授は言いました。



地元の主治医は

まだ余裕があるからと言っていたのに

大学病院の教授は

すぐにでも入院してと…



その1週間後に

パパは大学病院に入院しました。



「なんでもっと早く来なかったんだ!」

入院してすぐに言われたそうです。



この温度差はなんなんだ!

こんなに切羽詰まっていたなんて…

今振り返るとちょっと納得できない。



結局パパは1ヶ月後に

亡くなりました。



自宅から大学病院までは

高速に乗って約二時間…

最後のGWは

パパと二人で最悪のドライブと

なりました。。。